超メモ帳(Web式)@復活

統合失調症を患い、はてなからも逃亡。現在、復活のため準備中。


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東日本大震災で感じた「魂の痛み」。

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東日本大震災から6年。一体、あれから僕らはなにをして来たのかというのを考えたい。


さて、極めて社会派な書き出しで始まった今回のエントリー。だが、そこまで深いことは書くつもりはないし、書けない。ブログネタの一つと言い切るとあまりにも非人道的だろうな。あの災害は僕も見るだけでも苦痛だったし、考えることもあった。僕が東日本大震災をどのように見てきたのかということを書いてみようかな。


miraimanabi.withgoogle.com


Googleがこんなページを出していたのさ。テクノロジーで何を出来るのかというのは技術で喰っていく人なら考えることだからな。極めて正しいことだろう。僕らはネットワークで繋がり、世界規模での情報の共有ができるようになった。ならば、全体で個の傷を癒やすこともできるはずだろう。


ネットワークの発達。これが、僕が見た東日本大震災の一面だったな。それ以前の震災で阪神淡路大震災も僕は見てきたはずだった。けど、その時はネットが無かった。TVから伝えられる一面的な情報のみでしか被害を知ることがなかった。テレビ局がある程度、取捨選択した情報しか見ることができなかったのだ。だが、ネットが発達した後の震災である東日本大震災では、その現場の被害者である個人個人が情報を発信することができるし、実際に僕はその被災者の撮影したYoutube動画をかき集めて、食い入るように見ていたのである。


津波が押し寄せて防波堤を乗り越えてくる動画や、避難所の屋上から撮影された車が次々と流されていく動画を見た。震災が発生した当初は僕はは面白がってそんな動画を集めている感じだったのだが、実際に被害にあっている人の話を聞いたらマジでヤバイ状況なのだと実感で分かった。


その頃の僕はニコニコ動画にはまり込んで居たのだが、up主でも東北在住で震災被害を受けて引退する人が何人かいた。ふざけた連中ばかりのニコ動だが、あの時は一致団結して震災を受けた被災者を助けようという運動が発生していた。


僕が所属するクラスタは東方の手書きカテゴリだけど、古参の人気up主はんどぅさんが気仙沼在住らしくて被害を受けて報告動画をupした。



冗談交じりなのに冗談になって無くて沈黙せざるを得なかった。この後、はんどぅさんの連載シリーズはエターなった。悲しいがまぁ、生きていれば別に良いよ。同じ趣味というだけの仲間だけど、生きていて安心するというのはこういうことなのかと実感した。


東日本大震災で派生したネットのムーブメントといえば、あいさつの魔法だろうな。こんなのが流行っていた。



これは悪ふざけだと思います? これは僕らなりの復興支援の方法だと思いますけどね。あの時のTVは完全に異常な状態になっていた。尽く企業がCMを降りてTVではACのあいさつの魔法しか流れていないという異常事態だった。こういうおちょくりでも入れないと日本で笑う人が完全に絶えてしまうって状況だったよ。


その後も福島原発東電がやらかしてエラいことになって、日本が食らったダメージはただ事ではないだろう。あの時はみんなシリアスになっていた。その頃、僕は東京に転勤してたのだけど、なんとなく街の様子も全体的に薄暗い様子だった。計画停電されるということで実際に駅などの照明が消されて物理的に暗かったのである。常にヘラヘラして他人事なら人死でも笑い事にしてしまう僕ですら赤十字に1万円の募金をするという異常事態だったからな。あの時は社会全体が痛みを共有していた。


それから6年の時が過ぎた。少しは傷が癒えただろうか? TVで被災地の光景を見る限りでは全然復興できていないよな。未だに避難して仮設住宅で住み続けているという人たちがいるもんな。ただ、社会全体は震災のことを忘れて前に動き出せていると思うね。震災一色で社会が染まっていた頃に比べると普通に笑える事がある状況であるというのは好ましいことだと思う。


ただな、あの震災は風化されるのも不味い。なんとなく、日本人というのは熱しやすく冷めやすいという民族性を持っているらしい。社会システムは震災があったときに向けて体制を変えているが、人々の心構えが既に日常に埋没してしまってるらしい。東北からの避難民を虐めるとかは言語道断なんだけど、なんかみんな過去にこういう傷があったことを見ないふりをするようになってるように思われる。こういうことは語り継ぐ人が居ないといけないだろうね。耳障りの良い「絆」とかそんなんじゃなくてさ、「痛み」を受けたときに民族があんな動き方をするというのは覚えておかんといけん。ネットで人々が繋がるようになって振れ幅が大きくなっているようだ。ネット経由でまったく関係ないところでPTSDを抱えてしまっている人とかの個別での支援策とかも全体で引き受けないといけんのではなかろうか?

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