超メモ帳(Web式)@復活

統合失調症を患い、はてなからも逃亡。現在、復活のため準備中。


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警句の使い勝手の良さとその存在の軽さ。

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今日はあんまり何もやってないな。昨日はブログ書いたあと飲んだくれながら東方天空璋をプレイしてた。ネタバレ書くからやってる途中のやつは読み飛ばしてくれ。






一応、ノーマルモードだけど博麗霊夢、日焼けしたチルノ射命丸文はクリアした。ネタバレになるんだけど、今回のラスボスの摩多羅隠岐奈は、射命丸文との関係が深い。まだ霧雨魔理沙はクリアしていないから詳細は分からんけど、霊夢は異変解決のために動いてたら実力を見込まれて後継者にスカウトされただけで、チルノに関しては暴走してたらたまたま真相に辿り着いただけ。天狗にとって摩多羅隠岐奈は過去に別れて対立した2つの神格であって、彼女は妖怪の山の天狗の天敵。最終的に、文は姫海棠はたてにまで助けを求める。


というか、今回の天空璋のストーリー構成は他の作品と違っていて通常モードとエクストラモードの話が繋がっている。エクストラモードのボスも摩多羅隠岐奈。通常モードで逃した隠岐奈を、背中の扉の奥の後戸の世界に追いかけていって最終決戦になる。


その為、全部ストーリーを把握するのはエクストラモードもクリアしないといけない。エクストラモードのサブウェポンは後ろにショットを放つ「土用」の季節に固定されるのだが、エクストラステージは後ろから敵が出現して集中的に撃ち返し弾が飛んでくるため、迷惑なサブウェポン。クリアしていないんだけど、エクストラの隠岐奈のスペルカードも全部背中から弾が飛んでくるタイプ。パターン構築できてないけど、全部気合避けでは無理だな。ノーマルモードは他の作品と比べると難易度は低いから、ZUN氏はエクストラのやりこみを想定してゲームバランスを調整していると思われる。


二次創作で使うんだったら高麗野あうんが使いやすいな。神社仏閣に勝手に押しかけて守護神をしている狛犬で、博麗神社には結構昔からいたらしい。霊夢のことを一方的に良く知っていて、割りと実力者っぽい。こりゃ過去話が捗る。僕はもう既にプロットが一本出来上がったよ。実際に作品を書き上げるのはいつになるか分からんけどさ。


うーん、ニコニコとかYoutube界隈を観察しているとラスボス曲の「秘匿されたフォーシーズンズ」が人気高いみたいだな。他には5ボスの爾子田里乃&丁礼田舞のテーマ曲「クレイジーバックダンサーズ」はZUN氏が東方ファンの好みをよくわかった上で計算ずくで作られた人気曲だなって感じ。ZUN氏の作る音楽は単体でも良いがゲームをプレイしながら聞くと最高に響く。



さて、東方を知らない人にはなんじゃこりゃな文章だったな。僕だって天空璋は未だにノーマルしかクリアしていないんですべてを把握しているとはいい難い。もうちょっとやりこみを続けよう。


今日の本題。警句を軽々しく使うなよ、みたいな内容。


警句とは、

警句(けいく)とは、短い皮肉の表現で、真理を言い当てている言葉のこと。急がば回れなどが有名。箴言ともいう。


警句 - Wikipedia


要するにハードボイルドな皮肉なんかだ。僕もこれが大好きでね、ブログ上で警句を吐いている事がよくあるのは、熱心な読者諸氏ならご存知であろう。


例えば警句には次のような例がある。ニーチェなんかはアフォリズムと言われて警句の哲学だね。


「多くのことを中途半端に知るよりは何も知らないほうがいい」(ニーチェ)、「悲しんでいる人々は幸いである」(イエス・キリスト)、「花を与えるのは自然。編んで花輪にするのは芸術」(ゲーテ)など。


要するに、ちょっと世の中に斜に構えてカッコイイセリフを言うのが「警句を吐く」という行為である。


まー、兎に角使い勝手がいい文学表現なんだわ。ちょっと世間にすねた奴が世間を一刀両断に切り捨てるときなんかに、気の利いた警句を放てば最高である。クールキャラを演出したい時に文学的効果を狙って使うのが警句の引用である。


だけど、これをリアルでやるやつは只の痛い人いうのはご存知でしたか? 中二病を拗らせた奴はこういう警句の乱用をしがちである。大した事をしてない人生経験の浅いやつがどっかから引っ張ってきた様な警句を乱発すると、その言葉の重さだけに引っ張られて自身の存在の軽さが明らかになるという裏腹な結果になる。


警句ってのは世の中の常識を皮肉っていうセリフだからね。それほど共感をもてない人が言っても只の中二病の痛い人の扱いになるのよ。それ以前の信頼関係の積み重ねがあった上での警句であれば重みも違ってくるもんなのだが、泥をこねるようなコミュニケーションの苦労をしないで、信頼関係が出来ていないのに強い言葉を使う人はひたすらに存在が軽い。そういうタイプは目に付いたもの全てに警句を吐く。その行為は一般的には「いっちょ噛み」と言われる。


客観的な立ち位置で、適切な前置きを行った上で、適切な言葉を選んで文章を書くというのはなんとも難しい行為だ。泥をこねるように表現を積み重ねて、その意味が存在するに足りるまで説明をしてじゃないと、強い言葉ってのは恥ずかしくて使えないね。自己満足で強い意味の言葉を吐く人は気楽でいいなぁーと思う。


さて、僕は警句でこの文章を締める。なぜならば僕は恥知らずだからだ。諧謔で遊ぶぐらい許してほしいものだね。

私はあなたに助言する。
友よ、人を懲らしめたいという
強い衝動を持つ者を信用するな!


ニーチェ

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