超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

コーチングの「セルフトーク」が面白そうだ。

コーチングの「セルフトーク」が面白そうだ。


今日は、セルフトークを少し意識するだけで、日々の過ごしやすさは変わるんじゃないか、という話。


朝、外に出た瞬間にそれを思った。雲ひとつない空で、空気も軽い。こういう日は、頭も体も素直に動く。逆に雨の日は、どうにも重い。昔はここまで天気に引っ張られてる感覚はなかった気がするけど、最近は振れ幅がはっきりしてきた。年齢なのか、単に自分の感覚に気づいただけなのかは分からないけど、少なくとも無視はできないレベルで影響を受けている。


だから、安定させるために筋トレをしている、というのがひとつの理由になっている。昨日もジムで上半身をやってきた。ベンチプレスでバーベルを持ち上げる、あの単純な動作を繰り返すだけなんだけど、不思議とメンタルが整う。体重もゆるやかに落ちてきていて、ダイエットとしても悪くない流れ。このまま理想体重までじっくり落として、その状態をキープするところまで持っていきたい。


で、ここからが本題。


昨日、会社の評価に絡む動画学習を流し見していた中で、「セルフトーク」という話が出てきた。コーチングの文脈の中の一つの技術で、これが妙に引っかかった。


コーチングって、いわゆる「教える」とは違って、相手の中にある答えを引き出すアプローチなんだけど、その中でセルフトークというのは、自分の内側で回っている言葉の扱い方の話になる。人は一日に数万回、自分の中で会話しているらしい。その言葉が、そのまま思考や行動の方向を決めている。


これ、よく考えると結構怖い。というのも、自分のセルフトークって、そんなに立派なものじゃないからだ。むしろ雑で、ネガティブで、平気で「人生に疲れた」とか「息をするのも疲れるだけだ」とか言ってくる。しかも無意識に。それを一日中浴びてるんだから、そりゃあパフォーマンスも落ちる。


じゃあポジティブにすればいいのか、というと、そう単純でもない。ここが面白いところで、セルフトークはスピリチュアル的なアファメーションとは違うらしい。「自分はできる」とか「成功している」とか、現実とズレた言葉を無理に当てはめると、脳のどこかが「いや、それ違うよね」と否定してしまう。結果として、逆にストレスになる。


むしろ大事なのは、現実をできるだけ正確に捉えて、それをフラットな言葉で扱うこと。たとえば、「自分はダメだ」じゃなくて、「今日は集中が続かなかった」とか、「このタスクはまだ慣れていない」とか。事実ベースに寄せる。それだけでも、思考の進み方は変わる。


僕自身、内言の使い方でパフォーマンスが変わる、という話には前から興味があった。スポーツの分野でもよく出てくるテーマだし、最近読んだ本でも触れられていた。ただ、ちゃんと意識して扱おうとしたことはなかった。今回のセルフトークの話をきっかけに、少し試してみてもいいかなと思っている。


ただし、ここでもうひとつ注意が必要で、「ちゃんとしたセルフトークをしなきゃ」と思い始めると、それ自体が新しいストレスになる。内言を監視することが目的になった瞬間に、たぶんそれは逆効果になる。だから、やるとしたら軽くでいい。気づいたときに、「今ちょっと雑なこと言ってるな」と思えれば、それで十分。その言葉を少しだけ現実寄りに言い換えてみる。それくらいの温度感でいいと思う。


結局のところ、日々の生きやすさって、こういう細かい積み重ねで決まる。天気みたいにコントロールできないものに左右されるのは仕方ないけど、自分の中で回っている言葉くらいは、少しだけ手を入れる余地がある。


セルフトークを整える、というより、雑に扱っている自分の内言に少し気づいてやる。それだけで、たぶん今日みたいな晴れの日の軽さを、もう少し長く維持できる気がしている。

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