超メモ帳(Web式)@復活

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9年目の「3・11」で思ったこと。

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9年目の「3・11」で思ったこと。


さて、2011年3月11日から9年が経った。この日になるとNHKなどは東日本大震災一色になる。


www3.nhk.or.jp


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瓦礫の街の動画などを見ると本当に辛い。人間というのは如何に無力で、自然のバランスがちょっとした拍子で崩れるだけで簡単に死んでしまう。震災の死者数は震災関連死も含めると2016年3月1日で19,418人にのぼる。


ja.wikipedia.org


2万人近くの人がたった一回の地震で亡くなった。この人間の脆弱性を思うと、僕らが普通に生きることができてるのも薄氷を踏む様な偶然のバランスの上に成り立っていることなのだなと思わされる。ここ最近の新型コロナ騒ぎについてだって、ちょっと変異したウイルスが感染流行するだけで世界中が大パニックに陥るのである。例えば恐竜は繁栄を誇った末に、隕石の落下で全滅してしまったのだという。ホモサピエンスにしても何か環境の急変があれば一発で滅亡してしまう可能性もあるだろう。地球温暖化などは二酸化炭素説に限らず諸説あるようだが、これによって海面上昇などが起きるとおそらくかなりの人々が生きられなくなるだろう。


震災の思い出などについてはこのブログでは何度か語っているので、今回は別の話をしようか。


www.ituki-yu2.net


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確か、NHKの朝のニュースで聞いたのだけど、何かしらの戦争や災害などで被害を受けたとしてもそれを語りつげるのは3代までなのだという。これは実際に地上戦があった沖縄にしても実感として分かる。僕の親の世代ぐらいまでは戦争の悲惨さを聞かされて育ってきたので戦争は駄目だと言うことはよく分かっている。僕らの世代ぐらいまでも祖父や祖母から戦争の話を聞かされているから戦争をやってはいけないと分かっている。だけど、僕らの下の世代ぐらいの人間は、平和教育は受けているけど実感が薄いようなのである。以前、チビチリガマの中で暴れて千羽鶴やその他のお供え物を壊しまくった事件があったけど、あれは地元の悪ガキ共がいたずらのつもりでやったらしい。沖縄でもこんな風に沖縄戦の記憶が薄れている。


東日本大震災も多くの人が亡くなった災害であった。震災が起きてから9年後の今日では3・11になるとtwitterでもみんな黙祷して追悼ムードになる。まだ、9年ではその傷跡は生々しいのであろう。実際に、今でも家や故郷を失って立ち直れない人達もいる。だが、いつか東日本大震災も月日の流れで忘れ去られる時が来るだろう。今はまだ9年目である。NHKの朝のインタビューで答えている子供たちも居たが、震災当時に生まれた子はまだ小学四年生だそうだ。


こうやって、戦争や災害が時の流れとともに忘れ去られるのは、良いことなのか悪いことなのか僕には良く分からない。確かに、たくさんの人が亡くなった戦争や災害から反省点や教訓を見つけ出して後世に語り継ぐことも大事であろう。しかし、その生々しい痛みを抱え続ける事は普通に生きる人間にとっては重荷ではあるだろうな。この痛みを社会全体で共有し続けることは、はたして当事者たちにとっては良いことなのか僕はようわからん。


この災害の記憶を抽象化して、標語ぐらいまでに落とし込んだのが「津波でんでんこ」とかそういう言葉なんだろうな。


ja.wikipedia.org


傷の痛みは無くなっていき、記憶もいつかは風化するだろう。だけど得られた教訓は語り継がないといけない。人類はそんなふうにして口伝で災害から身を守る知識を語り継ぐことでここまで生き延びてきたのだから。なので、民話とか民俗学の文化もちゃんと守り継がないといけないんだろうな。

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