
多分、これからの作家に求められる資質って、バランスよくAIを使うことだと思う。
最近は、電撃大賞に応募する小説のブラッシュアップに徹底的に時間を使ってる感じだね。応募期日が4月10日でさ、それまでは完璧な作品を目指して、ひたすら完成度を高めるために校正作業をやりまくってるって感じ。
ニュースレターで小説を一章ずつ配信する企画をやっているんだけど、そうすると送ったのは1章だけだけど感想が返ってきて、それを元に修正点が見つかることも多くて、やることが自然と増えてきてる。
最近の執筆では、Claudeっていう生成AIを使って構成を組むことが多くて、これで構成作業がかなり楽になっていると実感している。これはChatGPTでもいいんだけど、文章を読み込むトークンが大きいのはClaudeでさ、小説全体を読み込ませて、それで全体の構成の変なところを尋ねたりとかもできるから、こちらの方がいいのよ。
昔は、小説の校正をやるだけでも全部プリントアウトして赤ペンで読み返していた。変な表現を見つける作業がまるで修行か苦行のようだったけど、今は生成AIに文章を読ませて、「プロの編集者として校正をチェックして、曖昧な表現を教えてください」って聞けば、すぐに指摘してくれる。だから、校正の作業は本当に楽になっている。
でもまあ、生成AIで小説を全部書くっていうのは、かなりアホなことだと思ってる。前に芥川賞で九段理恵さんの『東京同情塔』って作品が話題になってたけど、あれもAIを使ってるってことで騒がれてた。でも、実際読んでみた感じだと、AIの回答を一部参考にしてるだけで、内容自体にはAIが深く関わってる感じはなかった。
実際、今のプロの作家や編集者の中にも、生成AIを使ってる人はかなり多いと思う。裏が取れてるわけじゃないけど、小説みたいに膨大な文章を扱う作業において、AIはすごく役立つ存在だと感じてる。
たとえば、アイデア出しの段階でも、思いついたことをAIと壁打ちしてると新しい発想が生まれたりするし、それをメモして創作に活かすこともよくある。ただ、AIの書く文章をそのまま使うのは無理だろうなーと思う。
「プロの作家として美文調で書いてください」みたいなプロンプトで整った文章を書かせても、その文章に思想とか目的みたいなものが全く感じられない。ただ小説っぽい雰囲気をなぞっているだけで、その文章が本当に面白いのかと言われると、全然面白い文章を書けないのよね。たまにハッとさせられるような表現が混じってることがあるけど、それを人間が選んで抜き出さないと使えない感じ。
生成AIはまだ人間のクリエイティビティを真似るところまで育ってないと感じる。そこのところを深掘りしてみると、AIが語る物語って、平均値的というか、統計学的に「一番それっぽい」答えを返してくるだけなんだよね。人間の偏りとか、思考のクセとか、そういう「偏愛」的な要素がまったく出てこない。
作家の文章って、その人の好きなものや変なこだわりが徹底的に出てくるからこそ味になる。でもAIにはそれがない。だから、AIが書いた小説が大ヒットするような作品になることは、たぶんないと思う。作家の作品ってその人なりのこだわりとか、フェティシズムの部分がすごい重要じゃないっすか? だから、AIには京極夏彦風のホラーは書けても、その中で取り扱ってる妖怪とか怪異がマジでマニアックすぎるあたりのチョイスとかはできないのよ。AIが「鉄鼠」とか「姑獲鳥」みたいなチョイスすると思う? 多分「天狗」とか「河童」あたりの有名どころを選ぶぜ。
とはいえ、構成作業とかアイデア出しの段階では、これからの作家にとって生成AIを使うのはほぼ必須になっていくんじゃないかな。あまり大っぴらに言うと叩かれそうだけど、実際もう編集者たちも裏では使ってると思う。やってみればわかるけど、校正作業って本当に地道で、砂漠で針を探すようなものなんだよね。目を皿のようにして文章を読み返して変なところを探す感じ。それは、どう考えても人間が手作業でやるよりはAIにやらせたほうが早くて正確。
そういう作業を全部人間の手でやるよりも、賢く生成AIを使っていく方が断然効率的だと、自分は思ってる。そこんところのバランス感覚が今の作家には求められると思うんだけど、多分理解されないんだろうな。こんなこと書いても。