
瞑想で楽になるとしても実際はこんな感覚。
今日はやけに爽やかな朝だった。とはいえ、沖縄にしては急に冷えた気がする。寒いのが沖縄だけなのかどうかは知らないけど、とりあえず厚着はしている。
うちは暖房器具がない。昔は電気ストーブがあった気もするけど、今はエアコンで十分だろ、という判断。そもそも寒い日は服を重ねればなんとかなる。南国ならでは、というより、うち特有かもしれないけどそもそも暖房を使わない。
とはいえ、沖縄も風がある日は普通に寒い。部屋をしっかり温めてる家もあるだろうな、とは思う。そんな環境の中で、最近の自分のメンタルは「普通」。良くも悪くもない。その「普通」を眺めていて、ひとつ気づいたことがある。
結論から言うと、人間の脳は、暇になると勝手に苦しみを掘り起こす仕様なんだな、という話だ。何もしていない時、脳が空いた瞬間に、過去の恨みとか、嫌だった記憶とか、不安の種みたいなものがぞろぞろ出てくる。あれ、冷静に考えると異常だろ、と思う。でも多分、異常じゃなくてデフォルトなんだ。
この暴走をどうにかしたくて、僕はマインドフルネスとか瞑想をずっとやってきた。もう5年くらいになる。ただ、最近はっきり分かったのは、瞑想って「雑念を発生させない」技術じゃない、ということだ。できるのは、せいぜい遠くから眺めること。湧いてきた思考に巻き込まれない距離を取るだけで、思考そのものを止めることはできない。
どれだけ瞑想をやっても、苦しい感情は普通に出てくる。精神的に楽になるというより、「これはそういう反応だな」と気づいて、影響範囲を広げないだけ。言い方は悪いけど、ちょっとした痩せ我慢に近い。このあたりで、「あ、思ってたのと違うな」と感じた。
ブッダの悟りも、多分同じなんじゃないかと思っている。悟りって、苦しみが一切なくなる魔法みたいな状態じゃなくて、人間の精神構造がどういう仕組みで動いているかを理解した、という話なんじゃないか。苦しみが消えるわけじゃない。ただ、「これはそういう仕様だ」と腑に落ちる。
人間の脳は、元々サバンナで生き延びるために進化してきた。危険を見つけるために、過去の嫌な出来事を何度も再生して、「ここは危ない」と刷り込む。その結果、ネガティブなことを延々と考え続ける。そりゃ苦しい。でも、それはバグじゃなくて正常動作なんだと思う。
瞑想を続けていると、確かに変化はある。心は落ち着くし、性格も少し柔らかくなる。やらなかったらどうなっていたかを考えると、今の自分には必要だったとも言える。ただし、瞑想本によくある「一気に悟ってストレスから解放される」みたいな話は、正直、過剰広告だと思っている。
楽にはなる。でも、その楽さは想像しているものとは違う。苦しみが消えるんじゃなくて、「苦しんでいる自分=ダメな自分」という考えから解放される感じ。苦しいけど、それはそれ。そういう距離感が手に入るだけだ。
結局、人間は苦しむ生き物なんだと思う。その前提を受け入れた上で、どう付き合うか。そのヒントとして、瞑想は役に立つ。万能薬じゃないけど、道具としては悪くない。今朝の冷たい空気の中で、そんなことを考えていた。