
健康は人生全ての基盤である。
今日は、体調が揺れているときは無理に抗わず、やり過ごすしかないという話をしておきたい。
昨日は病院受診で休みだったけど、今日は普通に仕事。明日は検査機材を返す関係で午前半休になる。有給を細かく使うのは少し気が引けるけど、その分しっかり寝られるのはありがたい。ここ最近、どうにも神経が参りがちで、長めに睡眠を取って鎮める必要があるなと感じている。
とはいえ、毎日「不調だ不調だ」と言い続けるのもどうなんだろうなと思わなくもない。でも、不調なときはどうやったって不調だ。こればかりは気合いや単発のアイデアでどうにかなるものでもなくて、結局は時間が過ぎるのを待つしかない。だからしばらくは、のんびりしながら回復を待つくらいのスタンスでいいんだろうと思っている。
昨日はブログを書いたあと、少しだけ絵を描いて、それから睡眠時無呼吸の機材をつけて寝た。これで軽症か重症かがわかるらしく、もし重いようなら一日入院して検査になる。原因がどこにあるのかはまだはっきりしないけど、神経や気力の消耗も関係している気はしている。いずれにせよ、これからはちゃんと検査を受けて、体調を整えていく段階に入ったという感じだ。
年を重ねると、体のあちこちが少しずつ消耗していくのは避けられない。だからといって諦めるわけじゃなくて、騙し騙しでもメンテナンスしながら使い続けるしかないんだろう。自分の体はひとつしかないし、この現実に働きかけるための唯一のデバイスでもある。ここを壊したら何もできなくなる。
健康は土台だ。ここが崩れると、精神も引きずられて落ちていくし、できることの幅も一気に狭くなる。だからこそ、基本的なことをやるしかない。ちゃんと寝て、まともなものを食べて、少し運動する。余裕があれば瞑想でもしてみる。結局、それ以上の特効薬なんてそうそうない。
気分が悪いときって、どうしてもジタバタしたくなる。でも、正直なところ、そこでどれだけもがいても状況はあまり変わらない。だったら、日頃から生活を整えておいて、あとは波が過ぎるのを待つしかないんだと思う。今まさに自分もその最中にいるから、よくわかる。
それでもひとつだけ言えるのは、動けるうちにやれることはやっておいたほうがいいということだ。旅行でもいいし、何かを作るでもいい。体がいつまで今のように動くかなんて、誰にもわからない。身近な人を見ていても、それは嫌というほど感じる。
だから、行ける場所には行っておくし、書けるものは書いておく。小説でもイラストでも、とにかく形にしていく。それで自分なりに納得できる人生に近づけるなら、それでいい。
人生が良いものかどうかなんて、最後のほうにならないとわからない。でも、後悔の多くが「やらなかったこと」だというのは、いろんな話で聞く。だったら、今できることはやっておくべきなんだろう。
体調が悪い日は、無理に好転させようとしない。ただ淡々と整えて、やり過ごす。そして動けるときに動く。その繰り返しでしかないんだと思う。
結局のところ、健康を維持することと、やるべきことをやること。この二つを地道に積み重ねていくしかないんだろうなと思っている。