超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

創作には人生を賭ける価値があると思う。

創作には人生を賭ける価値があると思う。


今日の結論から言うと、やっぱり創作っていうのは人生をかけるだけの価値があると思う。少なくとも僕にとってはそういうものだ。昨日ちょっと体調を崩して改めて感じたことと、最近続けている絵の勉強のことを考えていたら、そんな結論に落ち着いた。


昨日は完全に睡眠不足でえらい目にあった。もう仕事が終わった瞬間にまっすぐ帰って、家でも一時間くらい仮眠を取って、家事を済ませて風呂に入って、そのままさっさと寝た。トータルで八時間くらいは寝たと思う。おかげで今日はだいぶ回復している感じがある。


やっぱり睡眠は生活の基盤だなと思う。ここを崩すと、体調も集中力も全部まとめて壊れる。健康管理って大げさな話じゃなくて、まず寝ることだなと実感する。


その影響で昨日は筋トレのウォーキングができなかった。まあでも、一日くらいは仕方ない。ダイエットをやっていると、食事制限も運動もわりとガチガチにやりがちなんだけど、ずっとそれを続けると逆に体が慣れてしまう。いわゆるチートデイみたいに、少し緩める日を入れるのも必要なんだと思う。体の調子を見ながら、たまには外食を入れるとか、そういう余白を作ることも大事なんだろう。


そんなことを考えつつ、今日は趣味の話でも書こうかなと思う。最近の僕の趣味は、ほとんど絵の勉強になっている。これが不思議と楽しい。


理想の絵が描けないとか、難しいとか、文句ばかり言っているんだけど、それでも続けてしまう。たぶん理由は単純で、まだ伸びしろがあると感じているからなんだと思う。


ただ最近、少し反省していることがある。僕はずっと入力ばかりやっている。人体の構造を勉強したり、模写をしたり、資料を集めたり。つまり「インプット」ばかりだ。


でも絵って、本当は自分の中にあるイメージを外に出す行為でもある。想像を広げて、それを形にする「出力」も鍛えないといけない。インプットとアウトプット、その両方が揃って初めて成長するんだと思う。


僕の場合、小説も書いているから、頭の中にはわりと具体的なイメージが浮かぶ。物語のキャラクターとか、場面とか、世界観とか。小説を書いているとき、シーンはかなりはっきり見えている。


だったら、そのイメージをそのまま絵にしてみればいい。最近はそう思うようになってきた。


ただ問題は、僕がかなりの完璧主義だということだ。


「どうせ描くなら完璧な構図で、見栄えのいい絵じゃないと意味がない」みたいな考えがすぐ出てくる。でも本当は、そんなことを気にせずに、思いついたイメージをそのままガーッと描いてみる方が大事なんじゃないかと思う。


しかも僕の頭の中のイメージって、人物だけじゃなくて背景とか小物とかまでセットで浮かぶ。そうなると全部描こうとしてしまう。でもそんなことをしていたら、理想の絵が描けるのが死ぬまで先になるかもしれない。


だから最近は、ある程度調べつつポーズを作って、まず形にしてみる。それくらいのラフさも必要なんだろうなと思っている。


それにしても、趣味って本当に奥が深い。小説もそうだし、イラストもそうだ。僕の場合、頭の中にある理想の構図や物語を形にしたくて続けているわけだけど、「それに人生をかける価値があるのか」と聞かれたら、答えはたぶん迷わずイエスだ。


頭の中のイメージなんて、言ってしまえばただの妄想だ。でもその妄想が人を動かすこともある。小説家なんてまさにそうで、頭の中の物語だけで世界中の人間を動かすことだってある。


想像力って、実はそれくらいの力を持っている。


僕自身が世界を動かしたいと思っているわけじゃない。でも、頭の中に浮かぶ世界や物語は、ときどき驚くほど美しく見える瞬間がある。


その光景に、なんというか恋焦がれている感じがある。ああいう瞬間はすごく幸せだし、「これを追いかけるためなら人生を使ってもいい」と思えるくらいの魅力がある。


たぶん絵描きや作家って、そういうものを追いかけている人たちなんだろう。


現実からの逃避だと言われれば、まあ否定はできない。でもそれでもいいと思う。創作に没頭することで人生が少しでも豊かになるなら、それは十分価値のある時間だ。


だから今日の結論。創作という趣味は、やっぱり人生をかけるだけの意味がある。少なくとも僕にとっては、そういうものだと思っている。

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