
「頑張らないように頑張る」ができない。
おはようございます。今日もいつものように、通勤しながら音声入力でブログを書いている。
結論から言うと、最近は「頑張らないように頑張る」っていう考え方を、ちゃんと意識しないといけないなと思っている。というのも、新学期が始まった影響なのか、朝の通勤が異常に混み始めていて、ただでさえ余裕のない朝がさらに削られているからだ。
沖縄はとにかく車社会だ。どこへ行くにも車が前提で、通勤も通学も基本は一人一台。だからこの時期になると、一気に道路の密度が上がる。那覇方面なんかは特に顕著で、場所はぼかすけど「ああ、ここ詰まるよな」っていうポイントが、きっちり詰まり始める。
昔から電車だのモノレールだのって話は出ているけど、現実としてはなかなか整備されない。バスも時間通りに来ないことが普通にあるし、正直あまり頼りにならない。そうなると結局、自分の行動で調整するしかなくて、しばらくは15分早く起きて、15分早く家を出るしかないなという結論に落ち着く。
めんどくさいのは間違いない。でも、遅刻して余計なストレスを抱えるくらいなら、そのほうがまだマシだ。となると、今度は寝る時間も15分前倒しにしないといけないわけで、こうやって生活全体が少しずつスライドしていく。
そんな中で、昨日はイラストの色塗りを進めていた。ストゼロ勇者のリヴィアの塗りがひとまず完了したんだけど、見返してみると逆光のはずなのに前面にハイライトが乗っていて、ちょっと違和感がある。ここは素直に潰したほうがいい気がしている。
完成まではあと少し。仕上がったらpixivにでも投げて、また別のことに手を出すつもりだ。いつも通りといえば、いつも通りの流れ。
で、その作業の合間に、Ixyさんのイラスト本を読んでいたんだけど、そこで出てきた「頑張らないように頑張る」という言葉が、妙に引っかかっている。
これが、どうにも自分は苦手だ。
自分の中で「頑張る」というと、どうしても根性論に寄ってしまう。限界までやるとか、無理を通すとか、そういう方向に振り切れる。短期的にはそれでも進むんだけど、問題はそれが全然楽しくないことだ。
苦しいままでも続けること自体はできる。でも、それはただの消耗であって、積み上げているはずのものが、どこかで自分を削っている感じがある。イラストにしても、小説にしても、「やらなきゃ」という圧でやっていると、出来上がったものを見ても素直に喜べない。それどころか、「まだ足りない」「全然ダメだ」と自己否定の材料にしてしまう。
これだと、自己肯定感なんて育つはずがない。
一方で、「頑張らないように頑張る」というのは、たぶんそういうやり方とは逆で、無理をしない範囲で、楽しいから続ける、気づいたらやっている、みたいな状態を目指す話なんだと思う。言葉にすると簡単なんだけど、自分はこれをほとんどやってこなかった。
だからこそ、今さらながらここを変えていかないと、長く続けること自体が難しくなるんだろうなとも思う。
何がなくても頑張れる、というのは自分の強みではある。でも、楽しくないことを頑張り続けても、結局気分は上がらないし、どこかで歪みが出る。だったら、同じ頑張るでも、少しでも楽しさを感じられる形に寄せていったほうがいい。
イラストの技法書から、こんな当たり前で、でも自分には足りていなかったことを気づかされるとは思わなかった。
だからしばらくは、「頑張らないように頑張る」。これをテーマに、生活も制作も少しずつ調整していこうと思う。結局のところ、長く続くやり方が一番強いのだから。
