
人生の中でどこまで創作をやれるのかわからない。
水曜日。週の半ば。体も頭もそこそこ疲れてきているけど、それより今は創作のことで頭がいっぱいだ。最近はずっと小説を書いている。とはいえ「玲と真輝」ではなくて「神とストゼロと女騎士」の方だ。
これがまたエピローグまで入り切っていて、文章を整えれば投稿できる段階まで来ている。問題はどこに出すかで、「なろう」と「カクヨム」、あるいは両方に投げるかで少し迷っている。異世界が絡む話なので相性は悪くないはずだし、分割して更新すればそれなりに読者は引っかかるんじゃないかという予感もある。
ただ、それとは別にKindleも進めているから、読者を誘導する導線として無料連載枠を使うのは現実的だと思っている。ランキング企画などを狙って書くのも悪くない。投稿作を増やしておけば呼吸するように宣伝できる。
実際、お前は出した話の宣伝をどうするつもりだという話である。書いたら書きっぱなしでkindle本を放置しても誰にも読まれない。その宣伝のためにカクヨムやなろうに出張するのもいいだろう。そういう実務的な部分も含めて、最近は完全に創作中心で生活が回っている。
面倒なのはアイデアが豊作すぎることだ。自分でも笑うが、玲と真輝以外にも色々なキャラクターや物語が次々出てきて、普通に1年や2年なんてすぐ消える。人生は長くないのに、全方向に手を伸ばしたら本命の作品にたどり着く前に時間切れになるのは目に見えている。
玲と真輝の物語は先の展開までほぼ固まっているから、あとはただ書けばいいだけなのに、書く時間そのものが足りない。時間さえあれば書けるわけでもなく、集中力にも限界はある。強制的に机に座らされても文章が出ない日もある。だから限られたペースでやるしかない。
さらに最近はイラストも描くようになってしまっていて、新しく出てきたキャラクターのキャラデザとかもやりたくなる。小説を書く → デザインしたくなる → アイデアが増える のループが完成していて、完全に自分自身が生産ラインみたいになっている。たぶん放っておけば一生こうなんだろう。
ただ、どのキャラクターにも共通しているのは、自分の内面の重要な何かが滲んでいる感覚だ。どうでもいい思いつきを書いているように見えて実はそうでもない。pixivの百合小説大賞に出している「私がいないキャンバス」も、当初はただの百合のつもりだったが実際は深掘りになっていて、自分の重要な部分に勝手に触れている。こういう内面の掘削みたいな現象は創作の楽しさではある。
結局、自分は小説を書く人間なのだと思う。絵も好きだし描くのも楽しいが、内側を表現する中心はどうしても文章になる。だから止まらず書き続けるしかない。今週末は特に予定もないので、カフェかサウナに行って作業を進めるつもりだ。神とストゼロと女騎士を片付けたら、次は玲と真輝を再開したい。他にも書きたいアイデアが無限にあるので、呆れるばかりだ。