
創作もいつまでやれるかわからない。
はい、おはようございます。今日は週の真ん中、木曜日。
明日行けば一応また休みではあるけど、今週末はなかなか予定が詰まっていて、正直、ゆっくり絵を描く時間はあまり取れなさそうだな、という感じである。最近は生活の中心がかなり創作寄りになってきていて、特に十二月はそんな流れが続いている気がする。
もう年末も見えてきて、来年の話をしても鬼が笑わない時期だな、と思うと同時に、今年何があったかと振り返ってみても、今年はトランプが大統領になって世の中がずいぶん荒れていたな、という印象ばかりが残る。もっとも、時事の話をしても自分の生活が良くなるわけでもないから、深追いはしない。
私的な話で言えば、母親の介護が以前よりも重くなってきた、というのが一番大きい出来事だろう。これから先、状況が良くなるというより、悪くなる可能性の方が高いと考えると、自分を支える仕組みをどう作るか、真剣に考えないといけないなと思う。身体のことも同じで、体力を維持しておかないと、いずれ絵を描くことや小説を書くこと自体が難しくなるかもしれない。週三回のジム通いは今のところ習慣として回っているから、少なくともそれは崩さずに続けていきたい。
四十三歳になって、昔と同じ感覚で動けていると思うのはもう無理がある。四十代後半、五十代と進めば、想像以上に身体は言うことを聞かなくなるだろう。だからこそ、創作も「後でやろう」と先送りにするのは違う気がする。今できることは、今のうちにやっておく。その意識は大事だと思う。本当は旅行もしたいが、介護の事情もあって簡単には動けない。それでも、家と会社の往復だけで人生が終わるのは、やはり寂しい。少し変わった景色を見るとか、少し美味しいものを食べるとか、そういう小さな楽しみを意識的に生活に入れていく必要はある。
自分はどうも、苦しさを耐えることだけが人生だと思いがちなところがあるけれど、それだけでは続かない。楽しい経験を探して、自覚的に動くこと。最近だとiPadを買って、ガジェットに熱中する時間ができたのも、その一つだ。今は創作過集中で正直しんどいが、こういう状態自体、あとから振り返れば悪くない経験なのかもしれない。抑え込むより、走れるときに走っておく。その上で、どうやって長く続けるかを考える。
今は創作過集中で走っているが、そういうことも今しかやれないことだろう。これから先、歳をとってくると、創作自体がやれなくなる可能性の方が高い。うちの母親なんかを見ていても感じることであるが、寝たきりになり受動的な趣味しかやれなくなる可能性も高い。そうなる前に、やれることは今のうちにやっておくべきだろう。
人生は、ある地点を過ぎたら下り坂になる。だからこそ、体が動くうちにやれることをやっておく。そのために、健康管理やメンテナンスも含めて、できることを積み重ねていく。人生の後半戦をどう設計するか、そろそろ本気で考える時期なのだろう。
P.S. 年賀状途中経過。最近は背景はAIでやれるから楽でいいね。
