超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

やらないよりは色々とやったほうがマシか。

やらないよりは色々とやったほうがマシか。


おはよう。今日もいつも通り、こうしてブログを書いていく。


結論から言うと、3連休だったはずなのに、まったく休んだ気がしない。むしろ、疲れがそのまま繰り越されてきたような、そんな妙な感覚だけが残っている。


理由ははっきりしていて、この週末は大五郎さんの看病にほとんど時間を持っていかれた。1日有休を取って、形式上は3連休にしたはずなのに、実態としては「休み」というより「別の種類の労働」だった気がする。休息って、ただ時間が空いていれば成立するものじゃないんだなと、こういうときに思い知らされる。


とはいえ、仕事をしないと飯が食えないのは変わらない現実で、大五郎の餌代だって稼がないといけない。そうなると、結局は会社に行くしかない。しんどいなと思いながらも、どこかで折り合いをつけて、エネルギーを節約するように動きつつ、やるべきことだけはきっちりやる。最近の自分は、だいたいそんなスタンスで働いている。


いわゆる「静かな退職」みたいなやつだ。出世とか評価とか、そういうものにはあまり関心を持たずに、必要な仕事だけを淡々とこなす。その代わり、趣味や自分の時間のほうにリソースを振る。短期的には悪くないやり方だと思っているけど、これが長期的に見て自分のためになるのかと言われると、正直ちょっと怪しいとも感じている。


会社に滅私奉公するのが正しいとは思わない。でも、自分自身の成長まで止めてしまうのは、さすがに違う。そこはちゃんと切り分けて考えないといけないところだ。


僕は新卒から20年近く、ずっとプログラミングを中心にやってきた。それなりに色々できるほうだとは思うし、特に今の職場の枠の中では、そのスキルが十分に活かされているとは言いがたい。障害者雇用という枠に収まっているけど、本来はもっと広いフィールドで勝負してもいいんじゃないか、そんなことを考える瞬間が増えてきた。


もちろん、今すぐどうこうするつもりはない。焦っているわけでもない。ただ、今の場所で粘りつつ、並行して転職の可能性も探っていく。リモートワークがしやすい環境とか、もう少しバランスを考えてくれる会社とか、そういう選択肢を現実的に検討してもいい時期に来ている気はしている。


今の会社に不満がないわけじゃないけど、それを一つ一つ並べても、あまり意味はない。むしろ自分の気分が沈むだけだ。それよりも、今ある環境の中でどう価値を出すか、どうやって生活を安定させるか、そのほうに意識を向けたほうが健全だと思っている。


ただ、その「価値の出し方」は、少しずつアップデートしていく必要がある。


最近よく聞くリスキリングも、その一つの手段だと思う。プログラミングという専門職の軸は持ちつつ、コミュニケーション寄りのスキルを強化して、よりエンドユーザーに近いところで価値を出すとか、あるいはDX文脈で業務の自動化を推進する側に回るとか。そういう役割は、これからAIの普及と一緒に確実に増えていくはずだ。


実際、自分でも最近は自動化を色々試している。日々の業務の中で繰り返し発生する単純作業を洗い出して、そこにAIエージェントを噛ませてみる。そうやって少しずつでも時間を浮かせていけば、その分を別の開発や検証に回せる。こういう積み重ねが、あとで効いてくるんじゃないかと思っている。


それにしても、ここまでAIが仕事のやり方を変えてくる時代が来るとは、正直あまり想像していなかった。アプリ開発をやって、QAもやって、いろんな形で開発に関わってきたけど、それらの経験を「どう作るか」から「どう活かすか」にシフトするタイミングに来ているのかもしれない。


できるかどうかは、やってみないと分からない。でも、やらないままでいるよりは、よほどマシだと思う。


最後にもう一つ。最近、はてなブログ周りも少し怪しい話がちらほら出てきている。だからこそ、プライベートの開発環境も含めて、自分のアウトプットの場をどう持つかは考えておきたいところだ。実験しながら、少しずつできることを増やしていく。そういう地味な積み重ねが、結局いちばん効いてくる。


休めなかった3連休のあとに残ったのは疲れだけど、その中でも考えたことは、たぶん無駄にはならない。だから今日も、とりあえずやるべきことをやる。そんなところから、また一日を始めていく。