超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

不安には振り回されるが、それでも生きるしかない。

不安には振り回されるが、それでも生きるしかない。


おはよう。今日もこうしてブログを書いていく。


結論から言うと、昨日は何もない一日だったはずなのに、やけに心が削られる日だった。理由はシンプルで、大五郎さんの食欲が落ちている。それだけで、生活の重心がぐらっと傾く。


昨日は予定もなくて、家で本を読んだりしながら静かに過ごしていたんだけど、その裏でずっと引っかかっていたのが大五郎さんの様子だった。抗生剤の注射を打ってもらった影響なのか、どうにも食欲が戻らない。チャッピーに聞いた限りでは、副作用として食欲不振や軽い倦怠感はよくある話で、回復の過程だという見立てだった。


理屈はわかる。頭では「まあ大丈夫だろう」と理解できる。でも、餌を食べない姿を見ると、その理屈が一気に吹き飛ぶ。飼い主っていうのはそういうもので、ほんの少しの異変でも、最悪のケースを勝手に想像してしまう。


結果として、昨日の自分は見事にネガティブループに落ちた。ちょっとした不安が膨らんで、気づけば最悪のシナリオを頭の中で何度も再生している。夜は夜で、変な夢まで見る始末で、ほんとアクシデント耐性が低すぎるなと苦笑するしかない。


ただ、ここはちゃんと向き合わないといけないところだとも思う。こういうメンタルの落ち方って、体力があるうちは押し切れるんだけど、一度深く沈むと回復にやたら時間がかかる。その間、ずっとパフォーマンスも落ちるし、生活の質も下がる。だからこそ、自分なりの回復手段をちゃんと持っておかないとまずい。


具体的には、やっぱりサウナだなと思う。あれは強制的にリセットがかかる感じがあって、今の自分には必要なスイッチだと思う。ただ、その前提として、大五郎さんの食欲が戻ってくれること。もしこのままなら、病院に電話して相談するつもりだ。専門家に聞くという当たり前の行動を、ちゃんと取る。それだけでも、無駄な不安は少し減るはずだ。


そんなことを考えながら、世間はゴールデンウィークに入った。とはいえ、自分の過ごし方はいつもと大して変わらないと思う。家で家事をやって、庭木の剪定をして、あとは開発作業にこもる。そういう静かな連休になるはずだ。


本音を言えば、サウナに行ったり、ちょっとドライブに出たり、それくらいの余白は欲しい。でも今年は旅行って感じでもない。去年の冬にiPadを買ったツケがまだ残っているし、財布事情的にも派手な動きはできない。


ただ、ここで思うのは「旅行とかは行けるときに行っておかないと、機会は勝手に消えていく」ということだ。母親を見ていてもそう思うし、自分自身も年々それを実感している。体が自由に動いて、時間も多少は融通がきく時期なんて、実はそんなに長くない。


特に海外旅行なんて、まとまった時間がないと成立しない。フランスなんかだと、半月くらいバケーションを取って南の方でのんびり過ごすのが普通だったりするけど、日本でそれをやるのはなかなか難しい。結局、「働きすぎだよな」と思いつつも、働かないと生活は回らないという現実に戻ってくる。


だからこそ、一つの収入源に依存しすぎない形を作りたいという考えはずっとある。大五郎さんの餌代だって、結局はそこから出ていくわけで、守るものがある以上、安定性は重要だ。


とはいえ、副業の現実はなかなかシビアだ。Kindleを出したところで、無名のままではほとんど売れない。結局、あれはすでに読者を持っている人が収益化するための手段であって、ゼロからの知名度作りには向いていない。


そうなると、「なろう」みたいな場所で作品を出したり、地道に露出を増やしていくしかないんだろうなと思う。正直、ソーシャルでの自己発信はあまり好きじゃない。ネット上での人格と現実の自分が微妙に混ざるあの感覚が、どうにも落ち着かない。


それでも、こうして毎日ブログを書いているわけで、この積み重ねを何かに繋げていく視点は持っておいた方がいいんだろうなとも思う。宣伝という言葉に抵抗があっても、伝えること自体は悪いことじゃない。


結局のところ、昨日一日を振り返ると、「不安に振り回された日」だった。でも同時に、その不安がどこから来て、どう対処すべきかも少し見えた気がする。


だから今日の結論としては、大五郎さんの様子をちゃんと見守りつつ、必要ならすぐに行動する。そして自分のメンタルについても、回復手段を持っておく。この二つを意識していく。


何も起きない日でも、こういう気づきがあるなら、まあ悪くない一日だったのかもしれない。