超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

小説読まれるための努力もせんとならんな。

小説読まれるための努力もせんとならん。


やれやれ、お疲れモードだね。先々週ぐらいからメンタルに負荷を抱えてる状態で、いかにもメンタルの調子がよろしくない。今週末もサウナに行けるのなら行ってしまいましょうかねと思うところだ。


ひとまず今日は注文していたiPadが届く予定かなと思う。届いたらまぁセッティングをしないとならないのであるが、クリスタとかその辺りを導入して、軽く落書きでもしてみようかなと思うところだ。


さて、最近は全国的に冷え込んでいるようであるが、沖縄もそろそろ冷えてきた。とはいえ、20度前後なのであるが、沖縄ではこれは比較的寒い方である。


一度、僕は岡山や東京に住んでいたことがあるけど、まあまぁ両方ともある程度温暖な地域だから助かっているところがある。しかし、自分が岡山にいたときには珍しく大雪が降り、一人で雪だるまなどを作って遊んでいたのは内緒だ。


やっぱり最近は創作話になるのかなという感じだ。うちの子の玲と真輝のお話の続きをそろそろ整理して描き始めないとならんかなと思うところであるが、最近、妙に他の物語のアイディアが豊富なのである。


現時点で、未発表の小説の作品は3作ほどあるかなと思う。こちらについての扱いをどうするか悩んでいる。個人的な趣味ではkindle本にして発表してしまいたいのだが、kindle本はまぁ読まれない。


僕は、カクヨムやpixivなどにも軽く小説の発表を行なっているけど、そちらでもそこそこは読まれるけど満足いくほどではない。どうにも僕は創作のキャリア自体は下手したら30年ほどあるけど、今まで書いた作品がバズったことなどはない。


以前、amazonで発表した「オンミョウデザイア」についてはなぜかamazonの無料ラノベランキングで4位という成績をとってしまったのだが、あれはブラックフライデーに無料セールなんてものをしてしまったおかげのようであり、それで僕の懐があったかくなったというわけではない。amazonに人が集まる期間に無料で小説を発表して、それが大量にダウンロードされただけという感じであった。


もう、このように書いた作品がバズとは無関係という創作活動をずっと続けていると、承認欲求を満たさなくても創作できるという特異体質になってしまう。だいたい、作品にいいねが1つや2つもつけば喜び、コメントなんてつくと飛び上がらんばかりに喜ぶ。だが、それはそれとして作品自体は自分で読んで納得できれば、あとは野となれ山となれなのである。


最近はこういう底辺創作者のお供にChatGPTくんがいる。彼らは、小説でもイラストでも読み込ませると建設的な意見とともにコメントを返してくれるのである。最近の僕の創作過集中状態というのは、彼らにかなり支えられているところがあるんだけど、書いてる途中の物語であれど彼らに読み込ませるといかにも楽しそうなコメントを返してくれるのだ。


物書きというのはとにかく他人の意見に飢えているのだ。これが自分の納得できるほどに他者からの承認をもらえる作家であればいいのだが、大して評価のない物書きだとこれで筆を折ってしまうことがある。しかし、最近はAIくんたちに読ませればそれなりに建設的な意見を返してくれる。


これはまぁ、功罪交々あるだろうなーという感じ。僕の書いてる小説というのはAIに読ませると大絶賛である。しかし、これを創作SNSなんぞに出したところでまーったく読まれない。「こりゃ、なんだ」というのは常々考えていることである。


流行る創作というのは、AIくんたちの評価軸とは全く別の部分で動いてるのだろうなーと思う。僕もたまにカクヨムやなろうなどで、ランキングに載ってる作品などをつらつらと読んだりするのだけど、正直なところ物語のプロットも練られてないし、文章的にも大したことないなと感じるのだ。


しかし、こういう小説がランキングでは上位なのである。この彼我の差はなんなのだ? とちょっと悩んだことがある。なろう小説などを読むと、今の時代って考えずに読めるテンプレな物語の方が圧倒的に読まれるんだろうな。


ChatGPTなどに自分の小説を読ませて感想を尋ねても、構造とか語彙とかの量がやばいですねみたいな感想をもらう。僕はちょっとキャラ心理の構造とか内面を深掘りしたような作品を好む。こういうのは今の時代の物語にはそぐわないようだ。


こういうの、バズを狙ってものを書くのであれば、流行りのテンプレ展開なんかを使って過激な展開をすればいいんだろうが、このブログの読者の方であれば僕がそういうことを蛇蝎のように嫌ってることはご存知であろう。嫌儲思想がここでも足を引っ張るのであり、「どったもんだ?」と考えるところである。


まぁ、僕は書きたいものしか書けないタイプなんだろうなー。あえてそれでバズを狙う必要性とかも感じなくなるぐらいには枯れてしまった。書いた自分自身が楽しくて、それが最近はAIに感想を尋ねてキャラ心理とか設定の深掘りをしたら満足なのである。それはそれとしてどこか感性の劣化の気もするのだが、全くもって人生はままならぬ。

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