
読みやすい文章を書く工夫は必要だろうなーと思う。
台風8号が一度消滅したと思ったら、また復活したらしい。ニュースを見ながら「何言ってんだ?」と自分でも思うくらい状況がよくわからない。暴風圏に入っているはずなのに、外は曇り空が広がるだけで、それほど荒れているわけでもない。こういう中途半端な台風が一番困る。会社は普通にあるし、休みになるわけでもない。結局、出勤の渋滞だけが悩みの種になる。
もちろん、大きな被害が出ないのはありがたい。過去には台風で3日間停電し、手回し充電器でスマホを必死に回しながら、電波が途切れ途切れの中でブログを更新したことがある。それを思えば、今回はマシだ。だがその経験もあってか、僕のブログ更新への執念って一体なんなんだろうと思う。気づけば3250日以上、毎日更新している。やめる気は全くないが、もし途切れたら、自分が廃人になるんじゃないかとさえ思うことがある。冗談ではなく、本気でそう思っている。
しかも僕の場合、「更新できればOK」というわけでもない。ある程度のクオリティを保ちたいという欲がある。だから毎日それなりの負荷がかかる。最近は音声入力を使い、AIで文章を整えることで楽になってきたけれど、これ以上の効率化は多分できない。寝ながら更新できるくらいの仕組みを作るのは無理だろう。だからこそ「出口計画」を考える必要があるんじゃないかと感じている。目的もゴールも曖昧なまま「書けるから書く」「書かないといけないから書く」という脅迫観念で動いていると、モチベーションは下がる一方だ。
一方で、僕のブログは昔ながらの長文密度型。2000年代初期のテキストサイト文化を引きずった文章の書き方をしている。今のSNS全盛の時代には合わないかもしれない。最近はnoteなどで文章を読むことも多いが、あちらは行間が広くて軽やかで、読者をちょっといい気分にさせる文章が多い。そういう文章の方が今は好まれるし、最初から最後まで僕の長文を読んでくれる人は稀だろう。もちろん、そういう人たちはありがたい存在だ。でも初見の人はおそらく途中で離脱してしまう。
だから最近は、結論を冒頭に置き、情報を整理しながら書く「パラグラフライティング」に寄せた方がいいのではないかと思っている。今の僕は、全ての文章に質感や情緒を詰め込む癖がある。それだと読みにくいし、文章量が多すぎる。文章の間引きも必要だろう。ただ、改善要求ばかりが強すぎて自己不全に陥りがちなのが問題だ。長文密度型の文章は今となっては珍しいけれど、だからといって希少性があるわけでもない。
とはいえ、文章を書くのが好きだというのが、このブログがここまで続いてきた最大の理由だ。好きだから続けられる。でもその「好き」という気持ちだけに甘えていても、読んでもらえなければ自己満足に終わってしまう。今後は書きやすくて読みやすい文章にしていきたい。更新を続けることももちろん大切だが、それ以上に「読んでもらえる」文章に変えていくことを目標にしたいと思う。
こうやって長文をだらだら書くのは、手癖のようなものだ。僕自身が書きやすいのもあってついこうなる。だけど、今の世の中は500文字程度でパッと全体が見渡せて、「なんとなく理解できた気がする」文章が好まれる。これはSNS文化の影響も大きいだろう。文章を書くのが好きな人間には辛い時代だ。でも、だからといって書くのをやめる気はないし、むしろこの変化に合わせていきたい。
台風8号の曇天の下、そんなことを考えながら出勤準備をしていた。きっと今日も渋滞に巻き込まれるのだろう。それでもブログは書く。書き続ける。その中で、少しでも改善していけたらいい。ブログを書くのが楽しくなるための工夫を、これからもっと意識していこうと思う。
P.S. 「きょうのはてなブログ」に掲載されたぜ。フハハ。
