
たまには流行り物とか摂取するように気をつける。
もー疲れている。今日は朝から買い物に行き、午後は大五郎さんの餌を買うために動物病院へ。色々とやり取りをしたのち自宅に帰ってきて貰い物のコーヒーを淹れてニュースレターを書こうとしたが、ダラダラとネットサーフィンをしているうちに夜に。
で、夜にニュースレターを書いて晩飯を食べてブログを書き始めると22時。今日はもう、これを書いたら寝る時間である。
なんか、何もできてない気持ち。いや分かる。割と色々とやってはいるのだが、途中のネットサボりのせいで心理的にはダラダラしただけで充実感のない休日になってしまった。明日はひとまず、サウナでも行くのと適当になんかイラストでも練習してようと思う。
さてなぁ。なんでまぁ書くことも特には決まっておらず。いつもブログは全くのノーアイディアから書き始めて思いついたことなどを書いているけど、ここ最近はイラストと筋トレのことばかりでなぁ。少しは話題を散らしたいところであるけど、何があるだろう?
ここんところは僕のブログは創作ブログだね。基本的に多趣味で、年がら年中何をやってるか意味不明な人ではあるが、常に何かを作ることだけは死ぬまでやってたいと思う。
創作者として作る人なのは良いのだが、最近は外向けに公開する気持ちがどんどん減衰してるのがちと怖いなと思うところである。これは功罪色々であるけど、SNSを使うのをやめたら、ネットで誰かに向けて情報発信するモチベーションが非常に減ってしまった。
承認欲求というのは罪であると扱われがちであるけど、これが完璧に失われてしまうと独り言を言い続けて他人には意味不明なことばかりやる人になってしまう。それに承認欲求は正しく使えば成長のためのエネルギーにも転化することができる。
僕は自分の見たいもの、読みたいものを作るために創作をしているが、完璧にそれだけになった時に果たして質の良いものが作れるのか? というのが疑問なのだ。
ネットをフラフラとしていると、完璧に自閉してしまって自分しかわからない設定とか自分の細かすぎる内面を他人に伝わらない言葉で延々と書き綴ってる人を見かける。pixivのイラストなどでも、ずっと同じようなキャラクターの正面立ち絵だけを機械のように書き続けてるユーザなどを見ると、「ありゃいかんな」と感じるんである。
承認欲求というのは強すぎると本人も認めてもらえなくて辛くなるなどのデメリットも強いけど、ある程度他人の目を気にするというのは作品の質を高めるためには必要なのだ。
本当に他人のことがどうでも良くなってしまうと、自分さえいいという自己満足の作品ばかりを書くようになってしまう。そして、それは徐々に作品を描くモチベーションまでも奪ってしまう悪手である。
内面を掘り下げるのはある程度までは必要なことだけど、それで内側を向いて閉じてしまうと世界がそこだけで終わってしまう。自分だけのファンタジーの世界で閉じこもるのはものすごく楽しいんだけど、そこは大きな世界とのつながりがない。
大きな世界との繋がりを断たれた個人の世界というのは、いわば潮溜まりのようなもので、外の世界からの補給を断たれた状態なのでいつか枯れる。その世界は本人にとってはユートピアのように思えるかもしれないけど、他人には理解できない狂気と紙一重よ。
そうならないように新しい血を定期的に入れるというのは、創作をやるものにとっては必要不可欠なものであると思う。いろんなプロの小説とかアニメとか、今世間の流行り物についてどこがいいのか摂取をして試してみたりとか、たまにはウケがいい流行り物のテーマで書いてみるなんていうのもいいだろう。
僕は最近はブログでもニュースレターでも「SNSは害悪でしかない」というようなノリで色々とdisを書きがちであるけど、何かに対して反発ばかりしてるというのもまたその対象の影響下にハマりすぎなんだよなぁ。特に創作関係でこんなモチベーションの低下も起きたりなど副作用も明らかなので、何らかの方法で他者のフィードバックは得られる方法を探さねばならぬなと思う次第。