
疲れてめんどくさいから哲学した。
今日は土曜の夜であるな。ひとまず家事全般を済ませてしまった後にデスクに座りブログを書いてる感じ。
今日やったことは、午前中は友達とカフェに行き、午後からは車の点検があるので自動車ディーラーに持って行った。そのほかにはニュースレターを書いたり、小説をちまちまと書いたりしている。
このブログを書いている時点でわりかしもう気力が尽きており、昼間の色々と嫌なことでぐるぐる思考などが発生しており気分を持っていかれる。気散じでブログを書いているが、これが終わったら適当に今日書いた小説を読み返してさっさと寝てしまおうと思う。
とりあえず、三連休であるね。弊社も珍しく祝祭日が休みである。うちの会社の変なところで、祝祭日が休みかどうかはランダムなのである。大体の祝祭日は休日出勤だけど、たまに珍しく休みがあって今回はそれ。
昼間は友達とカフェに行ってきたのだが、この友人が陰謀論の信者であり、色々とめんどくさいやり取りをしたために夜まで機嫌が悪い。基本的に僕は他人が何を信じようと自由だと思ってる人であるけど、自分の思想であるとか政治信条に踏み込んできたときは無茶苦茶キレる。
僕はまぁ、個人主義者なのである。その人がどんなことを考えようが何を言おうが自由であるが、それで他人の自由に侵害するような場合は「よくないな」というバランス感覚が生じる。カルト宗教だろうが陰謀論だろうが信じるのは自由だけど、それで他人を勧誘しない場合のみに限るという感じ。
ほんと変な世の中になってるよな。僕自身の思想に関しては、アナーキズムとかプラグマティズムとかその辺りであり、基本的に人が複数にいると政治が生じるし、政治が生じた組織というのは必ず腐敗すると思ってる。なんでまぁ、老荘思想だとかそんなもんを引っ張り出してきて「小国寡民が一番いい」だのなんだかんだの理屈を捏ねそうになるが、正直それもどうでもいいのである。
自分の思想に近いのは夏目漱石の個人主義かもしれん。他人に迷惑をかけないように個人主義を貫くというのは、僕個人が徹底したい考え方だよなと思う。
で、政治が嫌いだからあえて民主主義の新書を読んだりとかそういうタイプの行動をする人間だ。人間というのは考えることをやめた瞬間に腐っていくものだと思っており、自分の頭で考えたくないから独裁とか物語とか陰謀に寄りかかって思考停止をするタイプをバカにしてる。
要するに、考えることそれ自体が重要であり、人にマウントするために知識に寄りかかったりするのも拒否する。何かしらの固定観念というのは、自分の考えを止めた時に発生するものであり、「これが絶対に正しい」と確信した瞬間から思考は腐り始める。
なんでまぁ、僕は本質的なところでは自分自身の考えすらあんまり信用してない。今の考えは現時点でのスナップショットであり、またいろんな現実の条件が出てきたらまた別の考え方に変わるだろうなみたいな。結局、そういうのって「ソクラテスの弁明」とかそういう哲学書とか読んでるから出てくるもんなのかな?
思考というのは流動的なものであり、その時点で言語化したところでその概念というのは永久不変で固定化されるものでもない。ソクラテスとかはその中であえて「真理」を求めようとしたけど、そのためにソクラテスが選んだ方法は対話である。
ソフィストたちは弁論術による相対主義により、真理というのはこの世にはないということにしようとした。ソクラテスは真理というものはあり、その真理を信じてそれを真摯に考え続ける態度そのものを大切にした。
口先だけで相手を論破して、そして勝者と敗者に二分するような近年のネット論争にも通じることだよなと思う。相手と意見を交わして自分の思考を磨いたりとか、考え方をアップデートするのではなく、相手を言い負かすことを目的に議論する。結局、そこに自分自身の考え方はないから、自分自身の考え方も変わらないし相手との対話もできない。ただ、勝った方が正しいという考え方は議論ですらなく、言葉を使うだけの動物と変わりない。
人間を人間たらしめるものは何かというと、言葉を使って考えることができて、そして言葉で他人との交流を行い自分の考え方を変えることもできることだ。なので、世の中には絶対的な正しい概念で固定化された真理はない。真理というのは流動的であり、ソクラテスは対話の中にその真理のありかを求めたのではないかと思う。
などと、小賢しいことをほざいているが、僕は「欧米の陰謀で中国が台湾に攻めてくるの云々」の陰謀論でブチ切れてこういうことを考えたりするのである。はっきり言って対話が重要だとこのエントリーの論旨として語っちゃいるが、そんなもん、どこまで通じるか分からんな。つくづく世の中というのは生きにくいと思うが、こうやってブログで思考してるだけでも意味はあると信じたい。クソめんどくさい「欧米の陰謀」というワイルドカードでここまで哲学できる自分は、ちょっと好きだ。