
徹底的に文章修行したいところである。
今日もnoteを書いたから時間があるときにでも是非読んでほしいな。
昨日の話の続きなのだけど、僕の書いてる文章の文体というのは、明らかに2000年代前半のテキストサイトの自分語り文体なのよ。「ひたすら自分の視点で、世の中を捻くれたユーモアで斬りまくる」とか、そのあたりの自分語りで読ませる文章であり、かなり読む人を選ぶ文章なのである。
これはハマる人はめっちゃハマるけど、それ以外の人には「自分語りウゼェ」となる諸刃の刃である。少なくとも、一般受けはしない文体であるので、これで何かしらの雑学のkindle本なんかを書いたとしても絶対に売れないだろう。
最近僕は、noteで色んな人の文章を読んで、色々と考えたりする。あそこは長文プラットフォームであるので、いろんな文章がピンからキリまでたくさん読める。
そんな中で色んな文章を読んでると、確かにすごい上手い人がいるのよ。澁澤龍彦とか坂口安吾を思わせるような思いっきりの美文調の長文を書きまくってる文芸寄りの人もいる。ライトだけどきちんと冒頭でフックを効かせて、それで読者を引っ張っていきながら色々と理論を組み込んで納得させる自己啓発系の読ませる文章の作者もいる。
僕は最近、kindle本を副業で書いたりする趣味があるので、そこんところである程度文体をコントロールできたら嬉しいな! などと考えて昨日のエントリーだ。僕が文章を書くと全部2000年テキストサイトの自分語りであり、こんなもんで本を書いちゃうと全く売れないのは必至なのである。
文体を工夫して、色んな文体の書き分けができると嬉しいよねと思う。普段のブログの文章であればこういう自分語りメインの書き方で全然問題ないのだけど、マーケティングが必要なときには自己啓発系の売るための文章の書き方がいいし、小説とか批評では自己の内面を徹底的に掘り下げた美文の文章がいい。
器用さがほしいよなー。流石に自分の文章を「臭い」というのは自己卑下が過ぎるけど、ケースバイケースに応じた適切な文体に切り替えられる文章力が欲しい。最近僕は、ブログは毎日書くことができてるけど、それプラスアルファがほしいよなーと思う今日この頃なのである。
まぁ、最近のSNSの文章というのは、僕にとっては全然薄味で面白くないんだけどな。いかに刺激的な文章を散りばめて興味を惹きつけて、そこで何かを買わせるための文章ばかりという感じで、この辺りは嫌儲の僕にはキツイ。
それが内容のある文章であればいいのだが、ネットで流れてるその手のマーケティング寄りの文章は9割9分9厘なにかしらのテンプレがある紋切り型の文章であり、そういうスーパーのチラシのような文章というのを読んでも仕方ないのである。
そこらへんの自己啓発本の書棚とかで平積みにされてる「良い文章を書くための本」というのも、こういう売るための文章を書くためのやり方を解説してる感じであり、そんな本を読んでは僕はうんざりとしてるのだ。
僕は、少なからず文章というのを自己表現のために使っている。あの手の「良い文章を書くための本」というのは、いわばチラシに書く宣伝文を書くための技法であり、そういう「〇〇は素晴らしい商品なのですぐ買いましょう!」みたいな文章を読んでも1ナノミリも心が動かない。
僕は、嫌儲というよりは、何かしらの消費のためだけの物語とか言葉とかが嫌いなのだろう。古い人間なので、努力をして成長したりするストーリーというのが好きであり、異世界転生して努力なしで無双で俺TUEEEみたいな物語が嫌いなのだ。
少なからず、その結果を得るまでのプロセスに価値観を求めるタイプというか、楽して大儲けというのにはロマンがないと思う人間だ。得られる結果よりも、その旅そのものに価値を見出すタイプである。
上手い例えがあるかわからんが、僕は小説を書くけど、すぐさまパッと小説の完成品がAIで作れるとしてもそれは興味がない。それよりは、自分の頭でうんうんと唸って、それで色々と自分の今まで人生で見てきた色んな景色を盛り込んだような作品を自分の手で描き出せたら嬉しいのである。
別に金儲けは嫌いではない。適切な方法で良い商品開発をして、それをちゃんとマーケティングでお客様のもとに届けてその結果儲かったのなら素晴らしい。でも、ネットでやってる楽して金儲けの方法というのは、情弱だまくらかして全く価値のない情報商材に金を出させて大儲けという方法なので、僕はそういうのは詐欺としか思わない。
要するに僕は、ただ褒められるよりも、正しいプロセスで努力をして、それを誰かに認めてもらったりするのが好きなのである。文章を書くにしても、自分の手で努力をして、それで多くの人に伝わる文章を書きたいのだ。そこんところで、文体コントロールの練習もブログなどで行っていく努力も必要だろうなと思う。