超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

生活のバランスを保つための考え方。

生活のバランスを保つための考え方。


はい、朝でございます。台風7号が過ぎ去ったと思ったら、週末は台風8号沖縄本島にクロスしてくるらしい。台風2連チャン。X JAPAN。エーックス。7号は大したことなかった。夜中に最接近してたはずなんだけど、せいぜい植木鉢が倒れる程度の風で、「あれ?」って感じだった。だから余計に、次の8号が強くないことを願うばかり。これでまた大騒ぎになったら、片付けとか庭の整備とか、ほんと面倒でさ。今、庭なんかぐっちゃんぐっちゃんで、草刈りもせにゃならん。やることは山積み。


で、さて、今日は何を書くかね。特にネタがあるわけじゃないんだけど、珍しくやる気に満ちた朝で。何なんだろうなこの感じ。ふと、「失敗ってさ、糧にできたら大丈夫なんじゃね?」って思ったんだよね。僕の人生なんか失敗の連続で、恥だらけで、ろくでもないことも山ほどあった。でもまあ、なんだかんだで前に進んでこれた。それだけで十分なのかもしれないなって。


もちろん、これから先またどん底を見るかもしれない。でもさ、一度閉鎖病棟に閉じ込められるような経験をした後だと、何があろうとも「あとはもう上がるしかないな」って思える。あの時期が、人生で一番ひどかった時期だとしたら、もう峠は越えたのかもしれないなって、最近はそう思えるようになった。


そこで何を学んだかっていうとさ、知識だけじゃ人はどうにもならないってこと。失敗ってのは頭で理解するもんじゃなくて、体に染み込んだ経験しか役に立つものとして残らない。筋トレも、絵も、小説も、プログラミングもそう。何度も繰り返して、失敗して、それでも続けた先でしか、役に立つ技術なんて身につかない。


人生も同じでさ。やってみて、失敗して、そこで落ち込んで終わりじゃない。落ち込むのは当然。でも、そのまましゃがみ込んじゃダメで、反対にフィードバックとして活かせたなら、それはもう、ありがたい経験値だ。まあ、言ってることはちょっとポジティブ教っぽいけど、実際そう思ってるんだから仕方がない。


僕は今40代で、あと30年40年生きるとしても、別に「何かを成し遂げたい!」みたいな野望はない。ただ、これまでやってきたこと、小説とか、絵とか、プログラミングとか、そういうのを楽しみながら生きていければ、それでいいんじゃないかって思ってる。成果を出したいとか、誰かに認められたいとか、そういうのじゃなくてさ、やってること自体が楽しいってのが一番大事。


金のかからない趣味ってのは、ほんと最高なんだよ。自分の中で納得できて、満足できる趣味があるなら、それだけで人生に後悔はないと思える。病気になったり、パワハラで潰されたり、色々あったけど、ちゃんと体整えて、毎日しっかり生活して、「自分に呆れない」っていうのを意識して生きてれば、いずれ納得できる生き方ができるんじゃないかなって。


大逆転とか大成功とか、そういうのはもういらない。ただ穏やかに、自分のペースで歩いていければ、それで十分。今の僕は、そんな風に思ってる。ここまで来られたんなら、人生もなかなか悪くなかったなって、そう思えたりする。


「後悔のない人生」について考えたりする。僕にとってそれは大成功をする必要はない。例えば、自分の親族などで亡くなったオジィのことなどを考えたりするけど、必ずしも大成功しなくても自分自身に納得をすることをできれば、納得のできる人生を送ることができるのではないかと思う。


レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉に次のものがある。

「充実した一日が充実した眠りをもたらすように、充実した人生は静かな死をもたらす。」
As a well-spent day brings happy sleep, so a life well used brings happy death.


納得して生きることの価値というのは、その言葉でも示されるものだろう。

プライバシーポリシー免責事項