
止まろうと思って止まれたら苦労はない。
さて、今日は平日であるけど持病の病院受診および睡眠時無呼吸症候群の検査を受けるために有給をとっていた。
ここしばらくのブログを読み返しても思うのだが、「詰め込みすぎ」「限界」を連呼しておりフツーに限界を超えてるんだろうなーと思う。だがまぁ、これが主観的な弱音を吐きすぎなのか、それとも本当に限界なのかよくわからんのだよなぁ。
体調についてはChatGPTと壁打ちなんぞをしたりもするのだが、色々と生活の中で詰め込みすぎだと言われる。どうにも僕はASD傾向が強いのか全てのことをルーチンにして生活の中で実行していこうとするため、普段の生活は自由時間0である。
これ以上やるべきことを詰め込むのではなくて、削る方面でスケジュールを調整する必要があるんだろうなと思う。休む休むと言いながら全く休んでないしな。本人は無理をしてる自覚はあるのだが、しかしやめようとしてもやめられない。
どーしよーと考えるけど、どうしようもないんだよなこれがまた。僕自身の話であるけど、こういう構造があることは理解してるけど、それでどうしたらいいのか分からん。
なんというか、スケジュールの中に何もしない時間を無理やり詰めるぐらいしかできないだろうな。僕の場合だと意識的に無理やり止まらないと止まれないのである。休日も動いていないと逆に拗らせ始めるし、何もしない週末を送ると日曜日の夜にサザエさん症候群を発症する。
なんでこうなってるかは僕もよく分からない。しかし、昔からこういう特性はある。僕が持病を発症したのも働きすぎのせいであるし、マジで限界を超えて潰れるまで止まれないのである。
なんかまあ、趣味の創作とか筋トレでまで無理するのはアレだなと思う。絵を描いたりとか小説を書いたりというのは、余裕がある上でやるならいいけど、限界を超えていっぱいいっぱいの中でやったところで良いものができるわけがない。
いつも余裕がないよな。それを反省するふりをしてまたブログでもこうやって悩んでいるのだが、多分明日も似たようなことを言い続けてるはずである。単純に体調の波が下がってるだけという可能性もあるのだが、それにしたって最近は随分と辛い。
ま、春先でもあるしな。メンタル系の人は体調を崩しやすい時期だ。僕も例外ではないのだろう。休むべきだとわかるのだが、その時点で僕はぐるぐる思考の自縄自縛に陥る。
まずはこの思考のフレームを外すべきなんだろうと思う。そもそも僕は悩むこと自体が快感になってる傾向があるんで、考える前に動くことを覚える必要があるんだろうなー。
なんじゃろ。考えてる人に「考えるな!」というのがそもそも無理なんだよな。ここんところの経験上でわかることだけど、僕の思考が止まるのはサウナに入ってる時ぐらいである。常に24時間何かしらの思考を続けてるのが自分でも分かるし、これを抑えようとすると逆に手に負えなくなるかと。
よう分からん。とりあえずまぁ、睡眠時間はきっちりと安定させてご飯をちゃんと食べて、時々は運動をする。そしてあんまりクヨクヨ悩まないように気をつけよう、と健康標語のような結論しか出ないのだが、実際それぐらいしかないもんなぁ。