
体力限界だから死なないように生きる。
弱音を書くのはあんまり好ましくないが、昨日から体調が悪くて半死半生の状態。ルーチン関係も崩れており、今は飯を食うのと寝るの以外何もできない感じ。
仕事に出ても仕事をするふりをしながらサボってるだけであり、もう意志力を使うタスクは何もできないものと思っていてもいい。今日はこのあと、母親の病院に退院に向けてリハビリを見にいく予定であり、これが終わったらあとは夜まで寝てしまおうと思うところだ。
メンタル死にかけモードは今までも多々あるけど、こういう時に気分のことを考えても仕方ない。どうせ、頭で何かを考えようとしてもネガティブなことしか浮かばない。平日にこの状態に陥ってしまったのは最悪ではあるが、しばらくは筋トレも趣味も絞って、生活に必要なタスクのみを実行する省エネモードで稼働し続ける。
大体まー、僕は無理をしすぎなのである。ここ最近は特にひどかった。母親の入院もあれば大五郎さんも頭を掻くので僕はパニック状態に陥り、精神的なエネルギーを使うような出来事が同時多発テロで発生していた。あの状態がこれ以上長く続くと、さすがの僕でも全てをほっぽり出して逃亡したくなるはずであり、心身が先に反乱を起こすのも当たり前である。
大五郎さんは不機嫌そうではあるが、ちゃんと餌も食うしトイレもやってるし、改めて獣医を呼ぶほどの体調不良ではないとの判断。というか、いつも僕がマットレスで寝るとそばにきて一緒に転がるやつであるし、その辺りの大五郎さんの行動ルーチンが変わってないうちは大丈夫だろう。チュールも食べるし。
母親の入院のこともあるけど、僕の方が潰れてしまうと仕方ない。気力を温存して、状況に身を任せるしかない。というか、多分、リハビリはできてるんだと思う。まぁ、そう思いたいの部類であるけど、これからまた長期リハビリ向けの入院施設を探すとか、費用面でも体力面でもすでに限界突破をしてるので是非ともやめてほしい。
ここしばらくは、仕事をするふりをして適当なことを会社でもくっちゃべりつつも体力を温存するしかない。自分の思考までノイローゼに入り始めると、世の中がどんよりと暗くなり、それでなおさら体力を奪われるという悪循環なので、思考の方はクリアに保っておきたい。
幸いにして、今の状況では思考はそれなりにクリアである。妙な自責感がある感じでもないし、大体、こういう緊急事態では僕はこういう状況に陥るのは仕方ないという感じ。そもそもメンタルの病気持ちでそれほど精神のスタミナがあんまりない感じなのである。僕としてはこれから状況を崩さずに、体調をソフトランディングさせることができたのなら、まぁ緊急事態の顛末としては上々という感じ。
やっぱさ、気力・体力を使ってる時にはダラダラと寝たりしながら生活するのが重要なんだろうなーと僕は思う。世の中にはいろいろなリフレッシュの方法とかストレス緩和のやり方見たいのがあるじゃん? 瞑想しろとかウォーキングしろとか。僕自身もそういう方法を多用する傾向があるけど、そもそも体力を消耗してどうしようもない時は寝るのが一番いい。
メンタルが調子悪いのも、病んで精神的自傷行為を起こすのも、体の方の体力がなんとかなっていれば、まぁまぁなんとかなるのである。どうも、僕はこういう時というのは映画の外人部隊で慣れてる兵士が言ってたことなんかを思い出すのだけど、「寝るのと食うのがなんとかなってるのであれば、大体なんとかなる」。
これは、以前、ジャリンコちえのおばあはんの言ってた言葉とも重なるのであるが「ひもじい、寒い、もう死にたい。不幸はこの順番できますのや」。大体において、メンタルが死にたくなってくるのも、食事も取らずに寒い部屋でじっとりと考えていると、それは死にたくなる。ちゃんと飯を食い、適切なフィジカルのケアをしていたのなら、危機的状況もいつかは去る。
大体において、危機的状況の苦痛というのは、自分自身の気分が不安を煽り、気分から身体的な苦痛に及んでるのが大体である。その状況においてストレッサーの排除を図ろうとするのもあるが、ストレッサーを排除する問題解決アプローチも重要であるが、自分の体調を管理する症状緩和のアプローチも同様に重要だ。
なので、この文章の結論としては、「状況がまずいのならまずは美味いものを食べて寝てしまおう」。心身的に弱ってる時はそれなりに消化が良くてカロリーがあるものを食べて腹を満たし、それから眠って体を休めてしまうのが一番いいのである。危機的状況においてクヨクヨと悩んだところで問題は解決するもんでもないし、それならば体のエネルギーを温存する方が生き延びる確率が増える。特に僕の現状の状況というのは、災害対応とおんなじような状況なので、温存してる体力がものをいう。
山での遭難でも、方向も分からないのにジタバタするとかえって生存率が落ちる。それよりは状況がはっきりするまで待機というのが一番いい。災害というのもいつまでも危機的状況が続くのではない。救助がやってくることもあるし、突如霧が晴れることもある。
だからまぁ、僕は「これでいいのだ」と思う。バカボンのパパである。大体において、考えすぎというのは何も考えないのの次ぐらいに悪いからね。考えてみて方向性が定まらないと思ったのなら、待てばいいのである。