超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

物事は結局一つづつ片付けるしかない。

物事は結局一つづつ片付けるしかない。


昨日は結局、大五郎さんの餌問題で一日が持っていかれた。これが今日の結論だな。問題が起きたら、まずはそこから逃げないで、一つずつ片付けるしかない。頭の中で何十回シミュレーションしても現実は動かないから、電話して、サンプルを取りに行って、必要なら半休を取る。それだけのことなんだけど、それだけで一日が終わる。


動物病院に連絡して、サンプルを取りに行って、午後は半休。サウナでも行こうかと思ったけど、そんな余裕はなかった。結局、家でのんびりして、絵を描いた。「神とストゼロと女騎士」のリディアを描いた。



ただ、イラストをどうしていくかはまだ決まってない。一回、本番絵を描いてから小説に戻るつもりではいる。でもこの絵を仕上げるのか、別の絵にするのか、そこが揺れている。自分の中でハードルが勝手に上がっていて、ちょっとでも甘い絵を描くと「才能がない」とか言い出す自虐モードに入る。あれは本当に面倒くさい。敵はだいたい自分の頭の中にいる。


ここ数日は、大五郎さんの餌問題が思考のかなりの面積を占拠している。尿路系の療養食対策。ドクターズケアのストルバイトのチキン味なら食べるらしい、というところまではわかった。じゃあそれをどう安定供給するか。動物病院で取り寄せるのか、ペテモみたいなチェーン店にあるのか問い合わせるのか。やることはシンプルだ。問い合わせて、なければ次に行く。それだけ。


でも猫という生き物は、論理では動かない。一度気に入るとそれしか食べないくせに、飽きたら見向きもしない。療養食なんて、もともと食いつきがいい部類じゃない。残されるたびに、僕のメンタルが削られる。大五郎さんが体調を崩したら、僕はわりと本気でパニックになる。だからこそ、ローテーションでいくしかないんじゃないかとも思う。一種類を延々と出し続けて飽きられるより、いくつかを回して刺激を保つほうがまだマシだろう。


結局のところ、「なんとかしようがない」というのも一つの事実だ。完璧な解決策はない。だから小さく試して、小さく調整する。その繰り返し。連日猫の話ばかりになるのも、生活の重心がそこにあるから仕方ない。


絵のほうも同じだ。本番で描こうとすると、二週間くらい平気で溶ける。ちまちま直して、消して、また描いて。完成したときの達成感はあるけど、そこまでの消耗が大きい。一方で、ラフなら一時間でいける。このくらいの温度感で量を増やすほうが、今の自分には合っているのかもしれない。


そもそも、僕の絵は小説のキャラクターのためのものだ。外に向けて完璧な作品を出すというより、自分の物語世界を耕すためのスケッチ。だったら全部を世に出さなくてもいい。内側に溜めて、熟成させて、必要なときに取り出せばいい。そう考えると、少しだけ気が楽になる。


創作は、完成してようやく報われるタイプの趣味だ。甘いもののように口にした瞬間に気持ちのいいものではない。だから疲れやすいし、毒にもなりやすい。達成感が欲しくて始めたのに、未完成の山に囲まれて自己嫌悪になる。何度も同じ罠に落ちている。


だからこそ、今日の結論に戻る。悩みがあるときに、全部を一度に抱え込まないこと。餌のことは餌として一つずつ。絵のことは絵として、ラフから一枚。小説はまたそのあと。問題を分解して、一つずつ処理する。それだけで、だいぶ違う。


大五郎さんの皿を眺めながら、ラフを一枚描く。そんな地味な積み重ねでいい。派手な解決策はなくても、今日を回していくことはできる。結局、僕にできるのはそれだけだし、それで十分なんだと思う。

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