
生活リズムを守るために複数プランを用意しておいた方がいい。
まーた朝起きるのが遅れて、朝食は外食。最近どうにも生活が微妙に噛み合っていないなと感じる。別に深刻な事件があったわけでもなく、ただ寒さで布団から出るのが遅くなり、結果外食が増えて体重が増え、そこから「生活がたるんでいるのでは」という発想が走る。その発想にさらに自己批判がくっついて、しばらく不機嫌になる。だが数時間後には落ち着いて、まあ普通に仕事してブログ書いて創作している自分がいる。その流れに自分でもうんざりする。
とはいえ、こういう状況が続くと「生活プランを複数持つ必要があるな」と思うようになる。Aプランしか持たずに生きると、少し乱れただけで全部崩壊する。自分の場合、特にASD寄りの特性があるのでルーチンが1個狂うと混乱して後ろの工程まで倒れていく。だから朝起きられなかったとしても、別プランで健康な食事に切り替えて、洗濯物も回せて、生活を破綻させない手段を持っておくべきなのだろう。そういう意味で「複数の生活動線」は意外に重要だと感じる。
とはいえ、これを「たるんだ生活」と単純化してしまうのは違う気がする。朝は寒い、布団から出にくい、睡眠のリズムも季節で揺らぐ。それは人間としての仕様みたいなもので、多分そこに自責を積んでもメリットは少ない。むしろダメージが大きい。だから必要なのは落ち込むことではなく、「こういう状況込みで安定させる構造」だ。
そう考えて振り返ると、自分はそれなりにやれている方だと思う。仕事をし、創作も続け、ブログも書き、介護もこなし、それで生活が破綻していない。普通の人でも崩れかねない組み合わせを、なんとか飲み込んで日々まわしている。それを誇れとは言わないが、少なくとも完全に見捨てるような対象でもない。
自分はネガティブな面をよく書くし、表面的には暗く見えるかもしれないが、根底では「自分はなんとかする」という前提を持っている。自己肯定感が高いわけではなく、むしろ低い。それでも期待しないまま動く技術は持っている。自己肯定感が高すぎると失敗した瞬間に理想とのギャップで壊れる人がいるが、自分は最初からそこに期待値を置かないので、失敗しても「まあこんなもんだろ」で済ませられる。実際、この割り切りが一番の強みになっている気がする。
現実的には「人生生きてるだけで丸儲け」みたいな感覚もある。というより、健康がすべての前提という理解が強い。IQ180の天才でも歯が痛ければ何もできないし、胃腸が崩れれば作業どころではなくなる。行動や思考の源泉は結局身体で、その身体が壊れればどんな能力も停止する。だから健康の維持は特別な高尚さではなく、ただの必要条件だ。
その意味で、朝がうまくいかない時でも、健康を守る導線を用意し、生活を破綻させない仕組みを作るのは重要なのだろう。自尊心の扱いもそれに近い。過度な期待を自分にかけない。期待しなければ、思ったよりできた時に素直に拾えるし、ダメだった時に投げ捨てずにやり直せる。そういう意味で、自尊心は資源というより運用管理に近いと思う。そこを誤ると「理想の自分」が暴れ出して、現実を焼き払う。
結局、無茶せず、自分のリズムで、可能な範囲から整える。それが地味でも長期的に見ると一番効果を発揮する。生活を壊さない範囲で、やるべきことをやる。そうして少しずつ調整していけばいい。そういうことを考えて今日も生活を回す。