超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

ブログを書くにしても色々と考えんとならんな。

ブログを書くにしても色々と考えんとならんな。


さて、土曜日であるな。今日は十時ごろに起きて、それから買い出しに行ってきて、大五郎のノミ取りの薬をつけることとか部屋でバルサンを炊くことなどやった感じ。ちょっとダニが発生してるらしく、除虫のための作業をしないとならない感じである。


大五郎さんは今はノミ取りの薬をつけたので嫌そうにしている。可哀想である。しかしまぁ、大五郎さんそもそもキャリーに入るのを死ぬほど嫌がる奴なので、動物病院に連れて行くのはこれの100倍ぐらい苦労をする。あれは僕の方の寿命が縮む奴なので、こうやって自宅で自分が頑張って掃除や薬付けをするのが100倍マシである。


なんじゃろなぁ。母親の方も水虫が悪化したとかで皮膚科に連れて行かないとならないし、そのせいでまた来週も平日に半休を取らないとならないし、ほとんど休む暇がない。明日は親戚と沖釣りに行く予定である。できれば午前中にはブログを書くのも終わらせてしまいたい。40にもなるとちゃんと一週間に1日は休む日がないと気力が尽きがちでね、今日はこうやって自宅でなんやかんやとやっているけど、明日は釣りなので来週もしんどそうだなーと思う。


ちゃんとした休み方をしないとならんなーという感じ。ここんところ小説書くのでまた突っ走ってたじゃない? あれ、またしても創作過集中であったらしく、今は気分が鬱気味の状態になっている。書くこと自体は楽しいけど、睡眠時間や他の趣味の時間も削って突っ走るということをやりがちなので、またしても生きるか死ぬかの状態になっているのである。


ちょっと生活をスローペースにペースダウンしないとならんと思う。気力を使い果たしてダウンをしてしまうとこれどころではない。ちょっと7月が調子が良すぎたのである。あの調子を維持できたらいいかもしれないけど、8月に入り、またしても体調の波が現れてきている。


この、体調の波は僕らのようなメンタル持ちにはもはや仕方ないのかもしれない。僕は、それなりにこの病気を克服するために色々と努力をしており、生活習慣をきちんとコントロールして色々とメンタルケアの方法も工夫している。それでも調子が悪い時は調子が悪い。


調子が悪い時に調子が悪いと連呼していても、何もマシにはならんのである。ある程度、そのことを自分の内面で理解をしていればいいのであり、ブログやSNSで言ったところで誰にもどうすることもできない。僕が調子が悪い時は、早く寝ることを気をつけたりとかそれぐらいしかやることができず、それをブログで書いたりすると余計に拗らせる。


そうだな。調子が悪い時にブログで書くと、かえって調子を崩すというのはあるあるかもしれない。僕は特に、自分で書いたブログについては自分自身が何度も読み返すということをやるので、不機嫌なブログを書くとそれに引きずられて体調不良を倍増させるのはありがちだ。


なんかさ、この辺りの自分の内面にある不調のフェルトセンスをどう扱うのか? というのは、ちゃんと整理して書いておくと役立つこともあるかもしれない。フェルトセンスというのは、体の中にある感情を伴った感覚であり、フォーカシングなどのテクニックをマスターするとこの感覚と話し合ったりして気分を変えたりするのも可能だ。


しかし、フェルトセンスは扱い方を間違うと気分の状態を悪化させる。特に、あんまこの不調のフェルトセンスを言語化させるというのは、あんまりおすすめできるものでもないかもしれない。


この辺り、わりかし頑張って瞑想を習慣化してるような僕でも、扱い方というのがよく分からんのだ。しかし、言語化というのは諸刃の剣のところがある。あんまりはっきりしてない感情についても、言語化して繰り返し読むと定着して地獄を見るということもありうることである。


教科書的なやり方では、不調のフェルトセンスにはラベリングだけを行なって忘れるとか、メモを使ったやり方の場合は紙に書いてすぐに破って捨ててしまうとかそういうやり方をする。しかし、どうにも僕の場合には、日常的にメモを書くことをやめられない。思いついたことは全部メモにして保存しがちである。


いちいちちゃんと不愉快な感情については、アナログでリアルな紙に書いて書き捨てるという習慣を身につけるべきなのかもな。僕はプログラマであり、情報が絡むことには全部デジタルツールでやりたい人間である。そういう、感情を捨てるために書き出すための道具というのをちゃんと用意するべきなのかもしれない。


特に、僕はこうやってブログを毎日書く習慣があるので、体調が悪い時にブログを書くと体調が悪い理由を追求しがちである。これをやると下手をするとちょっとした体調不良を数日に渡り引きずることになりがちである。書き捨てるメモというのをちゃんと用意せんとならんかなと思う。


同じ書くにしても書き方を変えたりとか媒体を変えたりとか、使い方を変えたりみたいな工夫はいるよなと思う。「忘れるために書く技術」というのもマスターできると幅が広がるように思う。


大五郎さんに嫌われて凹んでるねこのしもべは、夜にそんなことを思いブログを書いたのである。ちと疲れてるんだろうな。今日も適当なところでdiscordを終わらせてさっさと家事をやって寝よう。

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