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「これからの『正義』の話をしよう」(マイケル・サンデル著)を読んだ。

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「これからの『正義』の話をしよう」(マイケル・サンデル著)を読んだ。


ここ最近ぐらいaudibleで「これからの正義の話をしよう」(マイケル・サンデル著)のオーディオブックを買って、車の中で移動中に聞いていた。


これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)


なんってかね、感想としては本当に一言なんだけど「すっげぇ難しい!」。僕の読解レベルでは攻略が難しいレベルの本でしたな。ひとまず通読はしてみましたけど、内容に関して分からない所は聞き飛ばしているので、内容的には半分も理解できてないと思う。


この本の構成としては、現代社会の問題でダブルバインドに陥ってしまう難しい課題を実践哲学で議論するという本なのよ。ただし、この本はヘーゲル弁証法を意識しているのか分からないですけど、テーゼとアンチテーゼは出されますけど、問題に対する明確な答えは書かれていません。おそらくこの本を読んでいる人が各論を整理して自分なりの答えを出せと言うことだろうと思います。


出される問題としてはこのような物が出てくる。


jin07nov.hatenablog.com

あなたはトロッコの分岐レバーの前にいます。

荷物を満載したトロッコがすごいスピードで走っています。トロッコが行く道の先には3人の作業員がおり、彼らはトロッコの存在に気づいていません。このままいくと3人とも死亡するでしょう。しかし、あなたがトロッコの分岐レバーを倒せば、トロッコは別の道へ行き、3人は助かります。

ところが、別の道には1人の作業員がおり、彼もまたトロッコの存在に気づいていません。あなたがレバーを倒せば1人の作業員が死亡します。

あなたなら、レバーを倒しますか?


この問いに関しては功利主義的なアプローチで解釈できる。功利主義というのは「最大多数の最大幸福」をテーゼとした論理で、功利主義は社会における福祉の考え方などにも影響しており、富める者から僅かずつ富を集めて貧しい者に分配することで、社会の幸福は最大化できるなどと考える。ベンサムやミルなどが唱えた説である。


功利主義で解釈するとこのケースは1人を殺したとしても3人が救えるならばその行為は正しい。功利主義はこのように人の命ですら数値化して最適なパラメータに調整することで多くの人を幸せにしようという論理である。この場合はまぁ功利主義で解釈するのが最適解だろう。


だが、次のケースではどうだろう?

あなたはトロッコの線路を見下ろす丘の上にいます。

荷物を満載したトロッコがすごいスピードで走っています。トロッコが行く道の先には3人の作業員がおり、彼らはトロッコの存在に気づいていません。このままいくと3人とも死亡するでしょう。しかし、あなたが、あなたの隣に立っている太った男を線路につき落とせば、トロッコは確実に停車し、3人は助かります。

あなたは太った男を線路に突き落とすべきでしょうか?


先ほどと似たようなケースだが、よっぽどのサイコパスじゃなければ太った男を突き落とすことが最適解と答えられる人は居ないだろう。


いや、論理的にはまったく同じ問題で、1人の命を犠牲にして複数の命を救うことが正義にかなっているのかという問いなのである。だが、前述のケースのようにレバーを操作して犠牲にするのと、他人を突き落として他人を殺すのではガラッと違った問題になってしまう。実際に自分の手で太った男を突き落として殺す事には誰であっても直感的に抵抗があるのだ。何故だろうか。


サンデル氏はここでカントの道徳形而上学概論を持ち出してくる。人間というのはそれぞれ自律的に道徳を選択できる存在だから人という存在を物のように扱ってはならない。という考え方である。功利主義者は人間という存在であれど最大多数の最大幸福のためには命を犠牲にするのも厭わないのだが、カントの経験主義では人間は誰しも善や道徳をアプリオリに選択する事ができる崇高な存在なのである。なので、カント経験主義に従えば、人はいかなる目的でも殺してはいけないことになる。


このケースでは功利主義とカント経験主義のテーゼを戦わせているのだが、サンデル氏はどちらが正しいかは断言しない。人によっては太った男を突き落とすことが正義にかなっていると解釈するかも知れないし、前述のケースのようにレバーを操作するのであっても崇高な存在である人間を殺す事は正しくないと解釈するかも知れない。人それぞれなのである。


しかしまぁ、ここで相対主義に陥るのが一番ダメなケースなんですけどね。人には各個人の解釈があるので、絶対的に正しい答えはあり得ないとしてしまうと、人生や社会が進むべき方針などは選べなくなる。結局、人それぞれという事を認めてしまうと社会に正しい正義はあり得ないと言うことになるのである。


なので、哲学というのは、ソクラテス相対主義者のソフィスト達を論破した罪で真理を体現するために毒杯を仰いだように、答えの無い問いを徹底的に自分の頭で考え抜く事が肝心なのだ。この本では功利主義リバタリアンアリストテレスの国家論などが述べられているけど、何が正解だとは答えが載ってないのだ。自分でサンデル教授が述べている各論を検証して、ヘーゲル弁証法に従ってテーゼとアンチテーゼを戦わせてジンテーゼを生み出せということなんでしょうね。この本は知識を得るためというよりは、そういう自分の頭で考える哲学をするための本である。


難しい本です。読んでみて答えが分かってすっきりするという本じゃ無いです。答えが無い問いの解釈方法だけ教えて、後は自分で答えを出せと突き放してくる本です。まぁ、本来、哲学書というのはそういう風に内省させて真理を気づかせるものなのでこの本はストロングスタイルの哲学書なんだろうなと思いました。



これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

今日の徒然



なんか、今日は朝っぱらからすっげぇ大雨で遅刻寸前でした。熱帯低気圧沖縄本島付近で台風まで成長して、緊急警報が出るほどの大雨降らせてるみたいです。


明日も大雨らしいです。まぁ、今週だったらまだいいのよ。ただ、来週の7月4日から7日は彼女さんが沖縄に旅行に来る予定なのである。


ちょっと、お祈りぐらいしか出来ないんですけど、来週は何もない事を祈ります。

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