
最近はアニメを見るのが楽しくなくなっている。
今日は昨日は2時半まで起きたので10時半まで寝て、起きて朝飯を食べたのちまた1時間寝るという体たらく。午後からはサウナに行ってきて、そして帰ってきて大五郎のトイレを替えた。
最近は晩飯を食べながら見ているアニメは、葬送のフリーレン2期と終末のワルキューレの3期。
フリーレンは相変わらず空気感が好みである。ああいうしっとりと雰囲気を味わう作品というのは大人向けの気がする。ファンタジー世界を扱ってはいるが、描かれているのは人間関係の機微がメインである。
終末のワルキューレについては、これは単純にプロレスである。僕的には作品の系譜としては「キン肉マン」に一番近いのではないかと思う。神 vs 英雄で歴史上の偉人たちにバトルをさせて、根拠はともかくひたすらド派手な必殺技をぶちかましまくるというような作品。
最近、生活を送っていても思うのだが、楽しいと思うことがどんどん減ってるような気がする。鬱状態というわけでもないのだが、何をしても楽しくなくて虚無感ばかりを感じる。
僕は曲がりなりにも絵を描いたりとか小説を書いたりする創作者である。そういう僕が自分が何が楽しいかというアンテナが低くなってしまうと、作品を書いたりする時もつまらない話しか書けなくなる。
しかし、最近は新しいアニメとか漫画とかにも興味を持てなくなり、書籍なども過去に読んだ本を繰り返し読むことしかしていない。積極的に新しい刺激を探すということをしなくなり、過去の記憶の掘り返ししかしなくなってるのだ。
「歳をとるのは悲しいことよね」などとしれた口を叩くこともできるのだが、20代ごろの僕はそういう退屈なおっさんが嫌いであった。僕自身が新しい作品を発掘する気力が失われて、その嫌っていた大人になるのは耐え難いことである。
んー、なんじゃろ。しかし、義務感でいろんな作品を見るというのも微妙に違う気がする。最近、特に感じるのだが、アニメを1期通して見るのがまことにしんどい。SNSやYoutubeのような短絡的な快楽に慣れてるとかそういうことはありえないのだけど、集中力を保って一つの世界観に没入するのがしんどくなっている。
僕自身の性格は、さして夢見がちというわけではないのだが、小説を書いたりとかするときも脳内で映像が見えたりするなどの物語をしっかりとイメージで保持するようなタイプである。これが、ワンパターンになってしまうのは、人生の質そのものに関わるのではないかと危惧してる。
対応策を考えるとしたら、入力のフォーマットの種類を変えてみることだろうなーと思う。僕が主に物語を摂取する媒体としてはアニメ・漫画・小説であるけど、それ以外にもインプットする媒体を増やして見るのはどうだろうか? と思うのだ。
ノンフィクションとか画集などとか、そういうものからインスピレーションを得られるというのはなんか憧れがある。
今の自分が「快」を得られる新しい媒体というのを探さねばならぬな。読書やその他の鑑賞系の趣味に関してもそうなのだが、素人でも単純に面白いと思えるものでは、もう無理なのかもしれない。
表面上のものではなく、その作品が持っている構造とか、歴史的な背景なども含めて色々と物語を楽しむというのも興味がある。最近だと絵を描いたりしてるから、そのイラストが持ってる構造とか、どこが上手いのかを理解するような「審美眼」というのを身につけるのはどうだろうか?
まぁ、小説とかではやってることかもな。小説を書く側の視点から読んでみるというのはよくやる。これを書いてる作者はどういう意図でこの作品を書いてるとか、その心理を想像しながら本を読むのはよくやる。これをイラスト視点でやったらどうだろうと思うのだ。
ともかく、今までと同じパターンで生きていると、マジでマンネリで退屈で先細りだ。現状が不満なら工夫が必要だよな。別に焦りはしてないけど、もうちょっと楽しく生きたいものである。