
ブログを一番読むのは自分自身なんだよね。
今日は沖縄は雨。朝から大混雑していて、まあこういう日もあるよね、という感じで一週間が始まった。月曜日はいつも通りジムへ行って、筋トレというよりはトレッドミルの上を一時間ほど歩く。今年のNHKの大河ドラマ「豊臣兄弟!」を流しながら、ただ淡々と歩く時間だ。身体を追い込むというより、生活のリズムを整えるための作業に近い。
正月明けに一度、生活習慣が少し崩れた時期があったけど、今はなんとか別の形で取り戻せている。完璧じゃないけど、最低限やるべきことはやれている。そのくらいで十分だと思っている。習慣っていうのは、気合でどうにかするものじゃなくて、戻る場所があるかどうか、ただそれだけの話だ。
今日は、自分にとってブログとは何なのか、そんなことを考えていた。気づけば毎日更新を始めてから3300日以上が経っている。ここまでくると、もう「頑張って更新するもの」ではない。歯を磨くのと同じで、決まった時間になると、自然とブログを書く時間が一日の中に組み込まれている。書かないと気持ちが悪い、そういうレベルだ。
ブログを続けるコツは何ですか、みたいな話をたまに見かけるけど、もし自分が何か言うとしたら、答えはすごく単純だ。同じ場所で、同じ時間に、同じくらいの分量を書く。それを毎日繰り返す。ただそれだけで、だいたいの問題は解決する。ネタ切れ? そんなものは気にしなくていい。ネタがないなら、ネタがないことを書けばいい。それで十分だ。
マンネリや繰り返しを気にするのは、だいたい書いている本人だけだと思っている。読者は入れ替わるし、過去の記事を全部読んでいる人なんてほとんどいない。むしろ、ある程度の周期で繰り返される話題は、その人の「味」になる。後から読み返したときに、「ああ、この人はこういうことをずっと考えているんだな」と伝わる方が、よっぽど健全だ。
それに、ブログを一番読み返すのは誰かと言えば、間違いなく自分自身だ。スターが少ないとか、読者がいないとか、そういう悩みを聞くこともあるけど、日記やブログはそもそも性質が違う。自分が読み返して面白いかどうか、それがまず一番大事だと思っている。
ただし、読まれたいと思うなら話は別だ。ブログは外に開かれている以上、自分の感覚を他人の言葉に翻訳する必要がある。その翻訳力は、他人のブログを読んだり、エッセイを読んだりする中でしか身につかない。自分の内側だけに閉じこもって書き続けると、誰にも伝わらない文章になりがちだ。読まれたいなら、読まれる文章を勉強するしかない。
それから、ブログで稼ぐ話。これはもう、はっきり言って無理だと思っている。今の時代、ブログはほぼ個人の趣味だ。よほど運が良いか、最初から知名度がある人でなければ、普通の人が今から始めて稼ぐのは99%不可能だろう。そこに期待するのは、やめておいた方がいい。
それでも、ブログを書くこと自体は本当に楽しい。考えていることを言葉にして、外に出して、たまに誰かから感想をもらう。その行為そのものに、ちゃんとした手応えがある。僕自身、3300日以上書き続けてきたけど、それでも毎日何かしらの気づきがある。
どんなに同じような一日に見えても、昨日と今日がまったく同じということはない。その違いに気づくための装置として、ブログはとても優秀だ。ブログはまず自分のために書くもの。でも、それだけだと届かないから、誰かに届く言葉にしようと考える。その往復の中に、書く面白さがある。
これからブログを書いてみたい人は、深く考えずに、どんどん書けばいいと思う。楽しいし、続けていれば、ちゃんと自分に返ってくる。少なくとも僕は、そうやってここまで書いてきた。