超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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今年は汎用的な仕事や技術のスキルを勉強してようと思った。

今年は汎用的な仕事や技術のスキルを勉強してようと思った。


正月休みの最終日。調子は微妙に良くない。やっぱり現実に対して真面目に直面してしまうと碌な結果にはならないらしい。本気で目の前の事態に対して真剣に悩んでしまうと、僕の人生というのは基本的にどうにもならないことが多すぎなので、適度になんかキラキラした光り物で誤魔化しながら生きてないと生きる気力すら失われてしまう。


どうにも、ちゃんと休んでるのにメンタルの調子が良くない。適度に忙しくして考えるリソースを奪っておいた方が良いのかなんなのか。僕の経験上、気分に振り回されて行動したら事態がますます悪化していくのはよく分かってるので、気分は気分としてどこかに放っておいてやるべきことをしっかりとやるつもりで行動していた方が良いだろう。


今日は正月休みの最終日ということで特に何かやる予定はなかったので、うるま市海中道路方面にドライブに行ってきた。泡瀬の方に「大桜」という家系ラーメンのお店があるので、そちらで新年初ラーメンを決めた。



そして、海中道路を通って浜比嘉島の防波堤をフラフラしてきたのだけど、今日は天気が崩れていてそれほど綺麗な風景ではなかった。



僕の今現在の心象風景というのも上の写真みたいな感じであるので、2時間ばかしドライブをしつつ一体この先どうしようなどと考えつつ走っていた。ドライブをしているときにかけていた音楽はSpotifyがお正月の特別番組としてトップページで紹介してた、「Rabbit」というチャンネルである。僕の音楽の趣味というのは特にポリシーがないので、新し目の邦楽を聞くこともあれば洋楽を聞いていることもある。Spotifyというのはわりかし検索のページから最新のヒットチャートのようなものへアクセスすることもできるので、今年は流行りの音楽も色々と聞いてみようと思った。


今現在、このブログを書いてるのはスタバでコーヒーでも飲みつつ適当に持ち込んだMacbookでスタバどやをかましてるところなのであるが、これを済ませたらさっさと家に帰って風呂に入って寝てしまうとする。明日からは通常進行の日常であるので、ダラダラと午前中を寝ているような生活というのはできなくなる。


仕事の人間関係をどうするべきなのか?などと色々と悩んだりすることもできるのであるが、こんなもんは相手の都合もあることだし悩んだところでどうにもならんのである。人間関係は拗れているけど別に言い争いとか喧嘩にはなっているのではなく、なんとなく相手を反目しつつ僕が一人で孤立している感じであるので、僕の心の持ちようで自分の都合の良いように解釈したら良いのである。


今年はより良い条件の職場に転職できるように資格勉強を頑張ろうと思った。転職を考えたのならば、ただ仕事が嫌になって辞めただけだと違う会社に移ってもおんなじような問題を引き起こすことがありうる。転職の準備をしている今現在で、自分の中で本当にやりたいことは何なのかという自己分析をした上で言語化をしてはっきりさせて、仕事の能力についても汎用的に使える技術のスキルなどを高めていって、どこでも通用するようなスキルを身につけるように資格勉強などに力を入れた方が良いだろうなと思った。


ちょっと今年は、数学や英語やコンピュータサイエンスのような、エンジニアとしてどこに行っても使えるような知識を習得するように本格的に勉強を強化していきたいなと思った。仕事の能力を伸ばしていきたいと思うのならば、実際にOJTで仕事をやりつつやれることを増やしていくような感じであるけど、今の職場では僕はハブにされてるのでやりたいことを自由にやれる感じではない。まぁ、周りは忙しそうであるけど僕はそれほど忙しくないので、リソースが空いた分は何か自分の思いついた業務改善用のアプリやらツールを開発するみたいな感じで自分の能力を伸ばしていく方面で行動をしていこうと思った。


ちょっとtwitterやらマストドンやらの技術者コミュを覗いてみても、できそうな人たちというのはポートフォリオとして個人開発したアプリやツールなどをネットに公開しているのである。僕もそこそこITエンジニアとしての歴史は長い方であるが、真面目に個人開発などを行ったことがない。今年は何か個人開発でアプリなんぞを開発して、ポートフォリオサイトに掲載してどやれるような人生を送れるように頑張ってまいろう。OSSのコミュニティに参加してみて何かプログラマコミュニティに貢献してみるのも良いかもしれないな。


僕は性格が陰険だからあんまり人から好かれる方ではないんだよね。だからまぁ、人から嫌われたからそれで凹むというようなやわな心持ちで生きていたら、命がいくつあっても足りない。現状の追い込まれた状態というのはメンタルを強く鍛える良い機会であろう。僕らの世代の人間というのは死ぬまで働かないといけないようであるし、今の職場の今のネガティブな状態も人生の学びにして強く生きていきたいもんだよね。別に僕は人に好かれるために生きてる訳でもないもんな。自分がなすべきことをなすために目的をはっきりさせよう。

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