
ぐるぐる思考に対するアプローチは改善できている。
今日の結論から言うと、思考にハマったときは「身体で引き剥がす」のがかなり効く、という話だ。
昨日はジムに行って、トレッドミルで60分ほど歩きながら本を読んでいた。 筋トレみたいにフォームだの回数だのを気にする時間と違って、ただ歩き続けるだけの時間は、驚くほど頭が静かになる。何も考えない、というより、考えてはいるんだけど、その考えに飲み込まれない距離感が保たれる感じ。これが思っていた以上にストレス解消として効いていた。
最近ずっと考えているのは、ネガティブな反芻思考からどう抜け出すか、ということだ。瞑想はもう5年くらい続けているけど、その中で見えてきたのが「脱フュージョン」という感覚。頭の中の思考と自分をくっつけない技術、とでも言えばいいのか。ACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー)の本を読みながら、ジムでそれを実感した。
本には、頭の中の声をアニメ声に変えてみる、みたいなテクニックも載っている。でも実際にやってみて思ったのは、もっと単純なやり方もあるということだ。つまり、身体を動かす。ウォーキングでもいいし、軽い運動でもいい。強めの身体刺激を入れることで、思考のループから強制的に意識を引き剥がす。これが想像以上に効く。
反芻思考にハマっているときって、世界がその思考一色に染まる。視界も判断も全部そっちに引っ張られる。でも、ラベリングして、「あ、今これ反芻してるな」と気づいた上で、身体を動かすと、ちゃんと距離が生まれる。その「距離が生まれる」という体感は、言葉にすると陳腐だけど、実際にやると結構すごい。
ここで一つはっきりしたのは、心もトレーニングできるということだ。生まれつきの性格で全部決まるわけじゃない。ネガティブな思考が出やすい人でも、そこから離れる技術は身につけられる。瞑想もそうだし、こういう身体的なアプローチも含めて、いくらでも改善の余地がある。
実際、瞑想を始める前と比べると、今はかなり楽になっている。同じ思考をぐるぐる回して苦しみ続ける時間は減ったし、「ああ、またこれか」と少し余裕を持って見られるようになった。この差は大きい。
仏教の話でいうと、四聖諦みたいな話になるんだろうけど、要するに「問題には原因があって、解決法もある」ということだ。精神の問題も例外じゃなくて、ちゃんと観察して、構造を理解すれば、対処法は見えてくる。わりと科学的な話だと思う。
とはいえ、瞑想は即効性があるわけじゃない。自分も効果を実感したのは2〜3年後だった。毎日20分座るのも、言うほど簡単じゃない。根性はいる。でも、その分リターンは確かにある。
だから、もし今しんどい人がいるなら、騙されたと思って1日5分でもいいから瞑想をやってみるのと、ついでに歩いてみるといい。頭でどうにかしようとするより、身体を使ったほうが早く抜けられることもある。
思考に対抗する手段は、思考だけじゃない。そこに気づけただけでも、昨日の60分には十分価値があった。