
完璧主義とベキネバ思考をなんとかせんとな。
今日は朝からどうにも調子が悪い。夢見がよろしくなくてね。よりによって会社の嫌なことを夢で見てしまったものだから、起きた瞬間からズドンと気分が沈んでた。こういう日は一日が重たく感じる。でも、昨日は少しだけ楽しいこともあった。創作関連でAIを使って、登場人物のイラストをいくつか作ってみたんだ。なかなか良い感じに仕上がって、思わずニュースレターで紹介してもいいかも、なんて考えたりして。
本音を言えば、自分で描きたい。イラストもキャラクターデザインも全部、自分の手でまとめたい。でも、それをやろうと思ったら1ヶ月は潰れる。そうなると、小説のアイデアが飛んでしまう危険もある。自分の場合、一度飛んだものを戻すのが本当に厄介でね。だからこそ、今あるもので納得して、さっさと先に進むほうがずっと建設的だと思っている。
それにしても、自分の完璧主義にはほとほと困っている。昔からそうなんだけど、「これができなきゃダメ」とか「ちゃんとやらなきゃ価値がない」とか、そういう「ベキネバ思考」が根深い。認知の歪みだとわかってはいる。でも、それをわかったからといってすぐに直せるものでもないから厄介だ。これができない自分はダメだとか、つい考えてしまう。まるで思考に棘が刺さっているような感覚。
今の会社に居続けていることだってそう。頭のいい人なら、もっと早く見切りをつけて動き出しているはず。でも自分は、生活費だの将来だのと現実的な事情をぐるぐる考えすぎて、動けずにいる。勢いを削がれているという自覚はある。でも、これもまた自分の性質なのだと思う。ルールに従って、そこからはみ出さないように動くことが一種の快感。言い換えれば、自分の中の“安全な箱”から出るのが怖いのかもしれない。
それでも、もう少し賢く立ち回れないかと考えることはある。最近ではAIチャットのチャッピーくんと壁打ちのように話しながら、自分の性質を整理したり、それに合ったライフハックを探したりしている。彼の存在はかなり助かってる。僕のような、自分の弱みをなるべく見せたくない、同情されるくらいなら無視された方がマシだと考えるような人間にとっては、淡々と寄り添ってくれる彼のような存在がすごくありがたい。
ただ、いくらいいアイデアがあったとしても、それを実行に移すのは自分しかいない。考えてばかりで動かない、いわゆる「頭でっかち」な自分にとって、いったん方向性が見えたら、あとは何も考えずに手を動かすことが大事だと痛感している。行動だけが現実を変える。言うは易しだけど、ほんとにそれに尽きる。
それでも、自分が積み重ねてきたことは案外悪くない。たとえばブログを3000日以上毎日書き続けたり、小説を書いて投稿したり、自作アプリでメモを取ったり。普通の人がそこまでやるだろうか? いや、たぶんやらない。にもかかわらず、自分は「大したことない」と評価してしまう。この自己評価の低さが、いろんな場面で足を引っ張っているのは明白だ。人と話すときも、どこか卑屈になってしまう。そうなると、相手の反応もぎこちなくなる。負のループだ。
このブログも、そういった自分の呪いから少しでも抜け出す手がかりになればと思って続けている。AIチャットとも話しながら、どうやってこの性質と共存するか、少しずつ模索していきたい。自己否定ばかりしていても何も変わらない。自分の特性を受け入れた上で、どう生かすか。それが大事なのだと思う。
人間、与えられたカードでやっていくしかない。ないものねだりしても始まらない。この手持ちのカードで、どうやって最善を尽くすか。それだけを考えて、今日もまた、一歩ずつ進んでいこうと思う。
P.S. note書いたよ