
ストレス管理は気をつけんとならんな。
気分はアンニュイである。何かしらに怒ってるという感じではないが、脳内に不満が蓄積しており、ちょっとした刺激でも爆発するかもという段階。あんまよろしくない。
やっぱり介護関係というのは相当にストレスが溜まる。うちの母親は今日はデイケアだったのだけど、前日から入浴のための服を用意しろと言ってるのに、結局今日の朝まで用意しない。しかも自分がそれを促すと、「さっさと会社に行け」などと逆ギレをする。
それで思考が不愉快なもんで、キレないように色々と会社でも刺激をマイルドにするように気をつけているのである。プロジェクトの納期も近い上に年末進行なのに、大層迷惑なことが続いている。
最近はブログもなんだろな。日記的な出来事ばっかり書いてるけど、これは僕が一回やってみたかったスタイルではあるが、実際にやってみると「コレじゃない」感がひしひしと出てくる。ちょっとは学術的な語りであるとか飛び道具的な概念を使うのが僕のブログの色の気がするけど、最近はあんまりできてないな。
なんじゃろ。僕も丸くなったのかねぇ。ブログで書いていることを読み返してみると、間違いなく最近の興味に関することをたくさん書いてるけど、最近は病気のこととかも書かなくなった。
最近は生活でやるべきことがたくさんあって、病気のアイデンティティが抜け落ちてるというのはあるけど、それがいいのか悪いのかよく分からない。どうもこれをチャッピーと壁打ちしてみると、回復して安定した状態の人にはまぁよくある心境であるとのことである。
一応、僕は既往としては統合失調症なんて病気を患ってしまい、それで社会を完璧にドロップアウトをして、精神科デイケアなどを経由して障害者雇用で社会復帰しているという経歴があるけど、自分の中ではこれが当たり前になってるという状態である。
数年前ぐらいまでは、「自分はこういう病気である」ということが自分のアイデンティティの一つになってるところがあった。これ、何かしらの心理的なバイアスである可能性もあるよなと思う。
病気をアイデンティティにすることは、メリット・デメリットの側面が両方あるよなと思う。
メリットとしては、「自分の体が実際に不具合を持ってる時に盾となる概念が増える」「同じような生きづらさを感じてる人と繋がりやすい」などがあるかなと思う。デメリットとしては「『自分は病気だから』という自己限定が増える」「病気の話題などを集めて自分を過剰に抑制する」「負の特権意識」などがあるかなと思う。
最近の僕は、かなりバリバリ動けているし、下手をすると健常者以上の成果を出しちゃってる側面もある。しかしまー、仕事・介護・創作という過剰な負荷をまともに抱えて、それでストレスが溜まってるのに限界を超えて動こうとしていると、またしてもメンタルブレイクで再発という可能性もなきにもあらずだ。
「病気の自覚をして抑えろ」ということではないけど、少なくとも認知機能障害とかは今でも残ってる感じであるし、メンタル的にダメージを受けると数日引きずるなどの症状は今でもある。これはネットなどでいろんな同病の人間のブログなどを観察してもわかることなのだが、統合失調症を患った人はストレス脆弱性がかなり強い。
ま、最近の11月後半からの体調不良に関しては、間違いなく介護の過負荷だろうなーというのはわかる。かなり理不尽な責任を背負わされているし、環境も変わることで睡眠を浅くなったりなど、体の方でストレス反応が出ている。
それでどうしよう? と考えるのなら、最近は自分自身にもストレスが過剰になってきてるので、自分のメンタルのメンテナンスを怠らないということだろう。カウンセリングとか主治医のところに相談に行ったりなど、自分自身の限界を超えないように気をつけないと、またしても厄介なことになる可能性がある。
最近は、身体感覚で限界感とか感じにくくなってる。どうも僕はこの辺りが弱点で、自分の限界を越えるまで無理をして、それでパンクして再起不能というパターンを繰り返してるのである。それは気をつけないとなと思う。