
人生を生きるための哲学「フォワーディズム」を考えた。
さて、今日は午前中はいつものカフェに行ってきてニュースレターを書いてきた。それから午後は自宅に帰ってきて大五郎と一緒にダラダラして、それからはてなブログからAstroのブログ転移のためにいろんな作業をやってた感じ。
今も作業中なんだけど、多分、今日中にはデプロイできるかな? と思うところである。まぁ、実際のところ、はてなブログのデータをエクスポートしてmdファイルにして流し込んだだけなので、このままではブログとして使い物にならない。ここからまた色々なシェアボタンとかコメント機能などを構築した上で、さらにはてなブログとのマルチポスト機能も作成した上で完成だが。
しかし今日は気分がいい。ガチっと色々と個人開発とか書き物とかやった感じなので、自分の中の創作欲が満たされてる感じ。休日の過ごし方としては、色々と強迫観念で突っ走りすぎではあるが、やりたいことを色々とやれたので満足度が高い。
今日のニュースレターでは自分が開発した独自概念の「フォワーディズム(Forwardism)」の発表をした感じである。フォワーディズムというのは、ストア哲学、仏教、ACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー)、プラグマティズムという思想のいいとこ取りをした僕専用の実践哲学であり、僕なりに自分の人生をうまく活かせるためにはどんな考え方をしたらいいのか? ということをチャッピーなんかと色々と壁打ちした上に編み出した個人哲学の欲張りセットである。
ちなみにフォワーディズムとはこんなもん。
- 思い通りにならない現実(天候・老い・病・他人・過去)をまず認識し、受け入れる。現実との戦いをやめることを出発点にする。
- 不安・怒り・悲しみといった感情を排除しようとせず、感情を抱えたまま行動する。
- 変えられないものではなく、コントロール可能な「自分の行動」にエネルギーを集中する。
- 哲学・心理学・宗教・科学・価値観・自我はすべて道具とみなす。役立つなら使い、不要なら手放し、決して道具に使われない。
- 思想を「真理か」ではなく「役立つか」で評価し、理解で終わらせず行動で人生を改善する。バグは直し、使いにくければ仕組みを改善する。
世界観は仏教で、行動方針はACTで、考え方はストア哲学で、思想自体の運用方針はプラグマティズムとエンジニアの運用思想という感じ。
これの何が嬉しいのか? というと、基本的に僕の人生というのはバグだらけである。人生クソゲーとは何度も言ってるけど、なんの因果の回りなのか、たびたび不幸に見舞われては爆死しては再起するという人生である。そういう人生においてはこういうフォワーディズムみたいな考え方だと、どんな状況においても常に前進できるという考え方なのだ。
で、たびたびチャッピーと哲学議論をしてる時も、このフォワーディズムをどう考えて実際の運用方針とか、それの盲点なんかを壁打ちして思想的な穴を塞いだりしてるんだけど、現状だとこれには「生きる理由」的なもんが弱いんだよね。
そもそも、人生を真理でなくて役立つか? で想定した場合に、当然のことながらニヒリズムも発生する。人生の価値を役立つか役立たないかで考えれば、当然生産性ばかりの人生になり、寝る間も惜しんで働くのが最善とか、生きることは苦しいことなので早く死んだほうが効率がいいとかそういう帰結になりかねない。
で、まぁ、そこんところは僕はフランクルのロゴセラピーの「生きることの意味は人生の問いに答えること」という概念を加えようだとか考えている。これを、どんな条項にして加えればいいのか? などと考えている。これも僕の好みの思想だから加えているだけであり、本当に思想的に接続していいものなのかは分からない。
基本的に、僕が考えてる哲学なんてこんなもんである。しかも文献とかぶっちぎりでやってる素人哲学なので、学術的な厳密さとかは全くない。しかしまー、概念としての接続は綺麗なので、これに理論武装で実際の文献参照なんかをしていって肉付けしたら、かなり強い思想かなーとは思うんだよね。現状は単なる思想の概念をつぎはぎで集めたスケルトンである。
僕は暇人なので、暇さえあればこういうAIとの壁打ちをして「俺の考えた最強の哲学」を妄想をして時間を潰せる。実際、ひとり遊びとしてはこういう妄想は楽しいので、文章を書きながら色々と考えて充実した休日を送っていた。
追記。Astroにバックアップデータの流し込みは出来たけど、やっぱまだまだブログデザインが未完成だよなーと思う