超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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終戦記念日。消えていく戦争の記憶。戦争を知らない子供たちへ。

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偽善注意報。僕は時たまこういう偽善的な話をしたがるときがある。今日は終戦記念日のお話をしようかと思う。


終戦記念日ってのは議論されていたりして本当に戦争が終わった日では無いと言う人もいるが、天皇陛下玉音放送があって日本国民が敗戦を受け入れた日であるという認識程度で話している。

 厚生労働省によると、参列予定の遺族は6~101歳の5225人。戦没者の子どもが2789人(53.4%)と最多で、兄弟姉妹394人(7.5%)、孫380人(7.3%)と続く。妻は6人と過去最少を更新し、父母の参列は7年前を最後に途絶えている。戦後生まれの人は過去最多の1339人(25.6%)となり、世代交代が進む。

<終戦の日>惨禍、伝える使命…追悼式参列、戦後生まれ最多 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース


まあこの他にも安倍首相が5年連続で戦争責任を認める発言をしなかったとか、黙祷の時間が天皇陛下のために1分ほど遅れたとかの話題もあるんだけど、重要なのは戦争を肌で知っている世代が消えつつ有るということだと思うんだよ。


僕らの太平洋戦争に対する認識というのは書物やTVの放送で知ったもの程度であると思うが、そういう聞伝え程度の認識で本当に戦争を知ったことになるのだろうかと僕は甚だ疑問である。例えば僕のオジィやオバァは戦争経験者なんだけどさ、オジィは目の前で飛行機からの機関銃で学友を撃ち殺されて、オバァは一家全滅をして戦場を一人で彷徨ったって経験をしているわけよ。こういう話を聞いて悲惨だとは思うんだけど、いまいち現実離れをしている。自分の身に置き換えた理解が出来ないのである。


別に沖縄戦に限ったことでもない。荻上チキのSession-22で原爆の体験者の話を集めている大学の研究員のインタビューをしていたんだけど、それほど原爆の話をたくさん聞いてきた専門家であっても、その原爆体験者の人生すべてを理解するのは難しいって話をしていた。例えば、ある原爆体験者は毎回毎回、うなぎの話をしてくるらしいのよ。この大学の研究員の方は原爆の話を聞きたかったからうなぎの話は聞き流していたらしいのね。だけど、ある時その原爆体験者の人生の話を聞いたらしいのよ。すると原爆の体験以前で家族で過ごした時期にうなぎを釣ったというエピソードは幸せを示す強い記憶だったとのことでその人の人生にとって大きな意味を持つ事柄だった。こういったように戦争に巻き込まれた経験者の記憶ってのは、書籍や映像で残せる断片的なものでは無いわけだよ。その人が何十年にも渡って生きてきた人生の記憶ってのが後世に受け継がれるのかというとき、僕は不安を感じますね。


うちのオジィに関しても認知が入っちゃってすでに戦争の話を聞けないですからね。こんな感じで戦争経験者の話を聞ける機会というのは時間とともに目減りする。本当の戦争を知っている世代が消えた時、現代の平和の重要性を人々は意識し続ける事ができるだろうか?


まー、政治話題は厄介な奴が湧くケースが多いからあんまり話したくないんだけどさ、現状で何でもかんでも韓国を馬鹿にして愛国心がどうこうみたいなことを喚いてるナショナリストが結構多くなってきているでしょ? 別にある程度の愛国心ってのは必要なんだとは思うんだけど、歴史修正主義者の活動まで活発になっているんで気持ち悪い。


新しい歴史教科書をつくる会とかは議論が必要な所にこうあって欲しいという願望を覗かせるような行動に出ているケースも多々ある。歴史ってのは往々にしてイデオロギー的なものが構築していくものであるという認識は有るが、一時期の自虐史観へのカウンターで逆に振れているというのはあるだろう。


歴史教科書はまだいいんだ。肯定的な意見も批判的な意見も噴出しているからそうそう簡単に一方の意見だけが通るって事はないだろう。僕が気持ち悪いなーと思うのはテレビで無批判に日本絶賛番組が流されていることだ。


なんか、海外からある技術の専門家を呼び寄せて日本の技術を絶賛させる番組があるでしょ? 僕はあれを見た時、海外の人に日本がこんな番組をゴールデンタイムで流していると知られたら国辱的な恥じゃなかろうか?と思ったのよ。いやさ、自虐史観へのカウンターってのは無批判な自国の文化のべた褒めじゃないのよ。過去の問題への批判も受け止めた上での新たな文化の創出だと思うんだけど、僕はなんか違ったこと言ってるだろうか?


courrier.jp


戦争の記憶を受け継ぐ取り組みで最近良いと言われているのは「この世界の片隅に」ですかね。極めて正しいフィクションの使い方だと思う。今更、「はだしのゲン」みたいなゴリゴリの戦争への恐怖を煽る作品ってのは良い作戦でも無いかと思いますからね。知るべきは、戦争という災難を生き抜いた人々がどんなことを考えて、どんな風に生きたかということだ。太平洋戦争から72年が過ぎた世界に住む僕たちは単純な戦争の恐ろしさすら肌で知らない。ひょっとしたら世論は間違った方向に進んでるかもしれない。


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