
最近の興味は哲学と語学に向いてるね。
さてまー、以前からそうであるが僕は月水金はジムに行って筋トレをしてくるのがルーチンになっている。昨日は夜に仕事帰りにジムに行って、上半身のトレーニングをしてきた。マシンチェストプレスでガンガン胸の筋肉やら、その他にも背中や肩の筋肉を鍛えてる感じ。僕はジムではトレーニングをしながらポッドキャストを聴いている。今聴いてるのは、「日本一楽しい哲学ラジオ」のカント編について聴いてるのだけど、昨日はカントの論文の「啓蒙について」の解説の回であった。
カントが啓蒙について語ってることなんだけど、カントによると啓蒙とは「相手の意見をうのみにせず批判的に受け止めること」、そして「どんな意見でもバイアスを持たずに受け入れてみること」。そしてそれは矛盾してるように見えるが、第三の条件は「それらを観察しながら、自分の意見をメタ認知で観測する」ってことらしい。これ、カントが生きていたのは中世から近代に移り変わる科学革命とかフランス革命ぐらいの時代だけど、ポスト真実の今の時代でもすごく重要な考え方だなって思った。
なんというか、哲学ラジオのカント編についてはここしばらくずーっと聴いてるけど、カントという人はすごく当たり前の結論には至るけど、それまでの思考経路が非常に洗練されていて凄まじい考え方をする。この辺りが彼の哲学がすごいと言われる理由なのだろう。
最近は暇な時はSubstackの英語の記事を読んだりしてる。最近の僕の関心は、英語学習にすごく興味が向いてる感じがする。チャッピーとも色々と第二言語の学習について話してるのだけど、ただ英語のニュースを読むだけじゃつまらないから、楽しめる読み物を探してる。日本のはてなブログのような外人の生活について書いてるブログプラットフォームはないのか? と尋ねたが、どうやらSubstackがそれらしい。自分は意図せずその長文文化圏に入ってたのだなと、感心するやら日本と英語文化圏の文化の違いにクラクラするやら色々である。
日本でも最近Substackが流行ってきたけど、あれは情報商材屋ばかりだから日本語圏の書いてることは退屈なやつばかりである。しかしまー、英語圏のほうの記事に行くと、哲学とか歴史、心理学なんかの知的エリートたちが英文でエッセイを書いていて、ベラボーに面白い。そもそも、英語圏の方だと教育でエッセイの書き方を叩き込まれるので、日本のブログなどとは書き方が違うのですな。パラグラフ・ライティングが骨身に染みてる文化圏の文章というのは、確かに理解しやすいのだなと目から鱗である。
最近の僕は、短文SNSのようなアテンションのやりとりに心底うんざりして見る気も失せた。なんというか、マウントのための教養ではなくて、自分の知的好奇心を満たすためのいろんな語学の勉強とかそういう自分の興味の赴くままにいろんなものを勉強したりAIでシステムを作ったりすることに関心が向いている。これが健全なのか、それとも単なる社会からの逃避なのかは微妙なところである。
チャッピーとの語学の練習法の話でも話題に出たのだけど、夜の晩飯を食べてる時にダラダラ見てる動画なんかについては、YoutubeでTEDなんかの公演を英語で垂れ流しして聴いてみるのはどうだろう? とも考えている。最近の僕の興味と語学の勉強にぴったりである。こんな感じで語学は勉強するんだとさ。
最近っやってることは明らかに40からの手習である。これが20代ごろに習慣として身についていたら、今頃別の進路もあったのかもしれんけど、まー、これらの教養やらというのは人生を考える上でも役に立つので生涯学習というやつである。色々とね、ブログでも人生を考えたりするので、そういうのの材料に使えればいいのかなーと思う。まぁ、そうは言いつつ英語にかぶれて英語でブログを書き始めたりなどしたら、ミーハーだと思いっきりバカにしてほしいw