超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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「すずめの戸締り」を観てきた。

「すずめの戸締り」を観てきた。


大体、このブログを読み返していると今の僕のメンタルの状況がよく分かるね。ここ最近は最悪である。気合いで被害妄想を抑え込んでるようなことまで書いたりしてたり、明らかに神経が張り詰めてる。今日は緊急で病院受診を入れたけども、来週も病院受診である。どうにも今は精神が張り詰めてる状態で、家でも仕事のことを考えていたりしてひっきりなしに人間関係を考え続けてる状態なのでまずい。こういう緊張した精神状態が緩むまでは生活は徹底的に緩めないといけない。


病院受診して先生に話を聞いた感じでは、とりあえずその新しく入ってきた新人に自分のことをどう思うかなど聞いてみるのが良いのではないか?という風なアドバイスを頂いた。まあそうだなーと僕も思う。今んところ、自分の頭の中で思考をぐるぐるさせてもやんもやんと考え続けてグルグル思考を膨らませているので、こういう自分一人でモヤモヤと妄想を膨らませてるよりはさっさとコミュニケーションで解決した方がよろしい。問題があるとしたら、僕はそこまで込み入ったコミュニケーションが得意ではないということであるけど、新しく入ってきた人となんやかんや理由をつけて雑談をすることぐらいはできなくはないだろう。


前述したことでもあるけど、ここ最近のブログを読み返してみたりだとか、家でもグルグル思考を膨らませてしまってる状態であることから精神状態最悪であろうなーというのは十二分に自覚しているからね。しばらくは徹底的な休養を入れることにするよ。会社でも何か仕事では無茶しない。サボれるものはズバズバサボって、気力を消耗しない状態を作ることに力を入れる。どうにも、ブログでもやたら病気のことを書きまくってたりとかして気分からして病んでるなーとは思うけど、実際、今現在、僕はメンヘラ状態であるし病んだ話が増えるのは仕方ない。なんとなく体も鳩尾のあたりが痛くて自律神経が緊張してるなーというのが分かるぐらい張り詰めた状態が続いているので、この張り詰め感が消えるまではブログでも適当なことを書く。まー、オメェのブログで何か込み入った記事なんぞ書いてるのかよとツッコまれたらぐうの音も出ないけど。


というわけで、しばらくは休日もサウナ行ったりとか映画をみたりして休養に努めようと思うところである。今日も病院の帰りに映画館に寄って「すずめの戸締り」を見てきた。


新海誠という人は、僕はかなり好感を持ってる人物である。映画でも「君の名は。」とか「天気の子」などの作品は実際に劇場に足を運んで鑑賞してきた程度には好きである。以前、沖縄に「新海誠展」という風な、セル画だとか絵コンテみたいな新海さんがアニメを作った時の資料を展示する催しを美術館でやってたので見てきた。あの美麗な都会のイラストなんぞを見ているとかなり癒される。


今作の「すずめの戸締り」であるけど、ネットの噂なんぞを傍目に見てると批判的な意見もかなりあるようなのであるけど、僕は好きである。東日本大震災の扱いが軽すぎるみたいな批判があるみたいだけど、フィクションで何かを物語るものの役割としては、そういう災害だとか事件のような社会的に辛い出来事の記憶に対して、フィクションの力で辛い考え方を軽くしてやるという風な力も持ってるのではないかと思う。どうしようもなく辛い思い出であっても、フィクションの中でキャラクターたちがその出来事を乗り越えていくようなストーリ展開でもって、見た人たちの記憶にも新たに付加する情報を与えて気分を軽くしてやることができるんじゃないかと思いますけどね。


「すずめの戸締り」のストーリー展開については、ネタバレするのもアレなのであんまり深くは語らない。しかし、舞台設計とか扱われてるモチーフなどが非常に僕の好みである。この作品の属性を一言で言うと「神道ベースのセカイ系」みたいな作品である。僕がここ最近書いていた小説は「神道ベースの伝奇小説」なので、物語の装置で使われてる「常世」の話であるとか「後戸」の話とか、ググりまくった程度ではあるが、作品を作るために相当に神道とか仏教のことを情報収集してたので「おー、この設定は自分の小説ではアレやんけ」みたいな感じで興味深くみることができた。僕的には「後戸」というと、東方プロジェクトの摩多羅隠岐奈のことを想像してしまうのでニヤニヤもんである。


なんか、「すずめの戸締り」以外にも新海監督の他の作品を見ていても思うのだけど、新海監督も相当にナラティブベースの構造主義での物語の作り方を勉強して脚本などを書いてるのだろうなーと言うのが分かる。プロで活躍してる作家と自分みたいなエンジョイ勢の素人物書きを比べるのも烏滸がましいのであるけど、僕も相当に構造主義を使った創作技法に関しては文章読本を読みまくって勉強したので、なんか、新海監督の作った作品というのは基本に忠実なところが多いなと感じる。自分自身が作る物語というのも、人生経験などをさらに付加していって、物語の深度を深めていけるかな?などと新海監督の作品を見てると思うのである。どうも、創作のやり方というのが新海監督と僕とでは共通点が多いんじゃないか?と勝手に親近感を抱いてしまう。


物語自体も面白いと思ったけど、どうも今回の「すずめの戸締り」については、自分が書いてる作品と設定が似てたりしてて、自分の創作のことについて考えながら見ていた。でも、映画自体もいつも通り美麗なグラフィックで泣ける話であるので、劇場に足を運ぶ価値はあると思います。

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