超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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コミュニティの一生があることを肌身で感じる。

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コミュニティの一生があることを肌身で感じる。

情報収集をどうするかを考える。


最近、読書をやる気があんまり起こらないんですよね。一応、オーディオブックで夏目漱石の「吾輩は猫である」とかを読んでたりはするんだけど、目で読む読書をやる気があまり起こらない。なんでかな?と思う。


情報の摂取活動自体は、毎日、読者登録している方の更新されたブログを読んでたり、RSS巡回で気になった記事を読んでブクマをつけたりしているから、活字を読むことはやっている。でも、読書によるすこし大柄な情報の摂取が上手く行ってない。


なんかね、本を読むのはWebからの記事を読むのと比べると少し、カロリーが必要になる作業である。ブログをさらりと読んだりするぐらいだったら暇がある時にスマホで確認できるけど、本を読むのはちょっと覚悟をしてkindleのアプリを開いて読み始めるとかそんな感じ。


しかし、ネットからの情報というのは断片的で、全体的な視点からみてその知識がどの位置に当てはまるのかという大局的な視点がないと情報を使うことができない。この大局的な視点というのは、一つの知識に対して述べられた数冊の本を併読してみてようやく分かるものと言った感じだったりする。


情報の収集の仕方に関しても、もうちょっと工夫をして、ネット媒体よりも書籍から情報を取得するように工夫をしたほうが良いのではないか?というのは最近の結論である。ネットを流れている情報というのは、デマが含まれていたりして不正確であるし、よっぽどフィルタリングを工夫しないとノイズがひどいことになっている。純度が高い情報を得るためならば、エディターがまとめた書籍のようなドキュメントを読んだほうが良い。近年は精度の高い情報というのは有料で公開されるペイウォールの向こう側に置かれる様になっており、ネットを無料で流れている情報というのは、情報発信者の利益のために読み手の時間を奪うために書かれたものが多い。


ネットをどう使うのか?これは自分にとって長年を掛けて考えてきたテーマであり、未だに追い続けている。このブログでやろうと考えているのも、ネットからさまざまな情報を収集して、それを自分のフィルターを掛けて役立ちそうなものを多くの人とシェアするという目的の元で運営されている。情報は発信していると、自分のもとにも更に詳しい情報だったり、間違っていたら訂正がされたりだとか、自分自身にとってもアップグレードされた情報が届いたりとこれ自体が良い情報収集だったりする。

よりよい情報を取得するためには適切なコミュニティに参加すること。


小見出しに書いてある事だけど、良い情報を取得しようと思うのならば、よいコミュニティに参加していると手に入りやすい。これはリアルでのコミュニティでもそうだし、ネットのSNSでもそうである。コミュニティの中で、自分と同程度以上の情報感度を持った人が集まっているならば、それらの人と雑談を交わすだけでも随分と新たな視点を得ることができる。


今、僕が参加しているのはtwitterはてなブックマークのコミュニティだったりするけど、これらのコミュニティは昔はアーリーアダプターが多くて、これから流行る新しい技術を発見できる刺激的なコミュニティであった。しかしこれは過去の話である。今現在は偏った思想の人たちにハイジャックされて、極端な思想を広げようとするためのアジテーションの拡散装置として使われている。


未だにtwitterとかはてなブックマークを使い続けているのは、昔から使っていた未練みたいなものである。なんとなく、これらのコミュニティの経緯を観察していると、昔、2chの管理人のひろゆきが言っていたコミュニティの一生を思い出してしまう。

【コミュニティの一生】

面白い人が面白いことをする

面白いから凡人が集まってくる

住み着いた凡人が居場所を守るために主張し始める

面白い人が見切りをつけて居なくなる

残った凡人が面白くないことをする

面白くないので皆居なくなる

コミュニティの一生とは (コミュニティノイッショウとは) [単語記事] - ニコニコ大百科


今のtwitterの段階とかはまさしく「残った凡人が面白くないことをする」ぐらいの段階まで来ており、ネット上に他に行き場がないから人だけが集まってる感じになってる。面白い人達はそれぞれでコミュニティを面白くしようと情報発信してたりするけど、そこにクソリプやらくだらん金儲けのために利用しようとするビジネス垢が群がって、あっという間に情報を陳腐化してしまう。


おそらく、インターネット黎明期というのは、インターネットに参加するにしてもある程度レベルが必要だったから面白い情報が集まってたのだけど、今のようにみんなスマホをもって自由にネットに参加できるような時代になると、ネット上のコミュニティというのも情報が消費されて陳腐化してしまうんでしょうね。面白い人達はつまらない今のインターネットに見切りをつけて、オンラインかオフラインかは分からないけど、また別のコミュニティに集まっているのかも。

まとめ


昔のネットの面白かった人達はみんなオタク気質だし、どっか匿名の海の中に隠れているのかもしれないな。twitterとかはてブをみても、目立たない所でひっそりと有益な情報を発信し続けている人達だとかは見かけるのよ。僕もそういう人達が目立たないように発信している情報を集めてたりだとかしているけど、ネットの浅い所を流れている情報は「〇〇すりゃ稼げる」みたいな情弱向け商材広告やらイデオロギーで対立している連中が相手を貶すために発信してる罵詈雑言だったりだとかで、昔より確実につまらなくなっている。


僕はそれらの下らない情報を見分けて有益な情報を発信し続けるために、書籍などからもうちょっと大柄な知識体系を身に着けた方が良さげだなと感じた。別に書籍の方でも偏ったイデオロギーだとか宣伝広告みたいなものはあるんだけど、真贋見極める手間はネットより楽。ちょっと僕は本を読むようにしますわ。

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