超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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僕にとっては長文を書くのは娯楽である。

僕にとっては長文を書くのは娯楽である。


昨日からニュースレターを始めるということで、早速今週分のニュースレターの下書きについては完成させた。毎週土曜日発行というように週一に指定してやったのは、平日でちまちまと書きためておいて普段の生活にそれほど負荷をかけずにサービスを継続できるのではないかなと思ったからだよね。


この土曜日のニュースレターについては、自分の1週間の振り返りも兼ねている。僕は土曜日にはScrapboxに1週間のまとめの週報を書くようにしてるけど、それとは別にブログやネット活動の方でも振り返りのまとめを書いておこうかと思ったのだ。週末ぐらいになると僕自身が今週何を書いたのか忘れてしまうし、こうやって一箇所で過去記事やネットの動きを遡れる場所をおいておくと僕が便利である。


ニュースレターについてはこちらから登録することができます。7月1日の土曜日に1回目の配信があるので今から登録しておくと最初から追えますよ。僕のモチベーションも上がるので、ぜひご登録お願いします。


yuki2021.substack.com


単純に僕はネット活動が好きなんだよね。いろんなWebサービスSNSを試してみて、そこでいろんな人たちの息遣いを聞くのがおもしろいと感じるのである。それぞれのWebサービスで特性があり、そこにいる住民たちにもさまざまな特色がある。そんな風にネット空間をジプシーのように彷徨いつつ、自分が得られた経験を言語化してブログやニュースレターに綴るような生き方というのもおもしろいのではないか? と思ったんだよね。


僕は何か日常の中で気がついたことがあれば長文を書くのが癖であるので、こうやってブログを書いたりとかニュースレターを書くことについては僕にとっては娯楽なんだよね。頭の中で考えていることを言語化して、色々と思考をこねくり回すのが快感になっちゃってる変な人なんだよね。


思考というのは普段はもやもやとして形がなくて、自分はなんかすごいことを考えているように思えるけどそれが何かわからないという思わせぶりな奴なのだけど、言語化してみるとちっちゃく固まってしまい、なんだこんなもんかと感じてしまう。人間の思考の取り扱い方というのは、ひとまず言葉によってちっちゃなブロックに固めてしまい、それを組み合わせたりして意味を発生させるというやり方がいいのではないかと思うのである。


「何言ってんだこいつ?」みたいな顔をされそうな、感覚的で抽象的な話をしてるけども、僕自身がなにかものを書いてる時はこういう感覚で考えながら書いている。思考の中でもやもやしている感覚をひとまず言葉でキャプチャーしてしまい、その有してる意味に応じて適切な場所に整理したりしながら全体を構成していくとかそんな感じである。


ブログにせよScrapboxにせよ、僕は気を抜くと一日中長文を書いてしまうので、なんかそういうある種の才能的なものはあるんだろうなーという気がする。僕がブログを書いたりするのは、仕事をやって帰ってきて、疲れたから気晴らしで文章を書く。暇がある時はScrapboxで、ネットで見かけたニュース記事なんかをテーマにして、自分はこのことについてどう考えるのか? ということを考えながら色々と書き散らす。こういう自分の思いつきを長文にして書き散らすというのは僕にとっては娯楽なのである。


世の中にはいろんな情報発信の手段があって、ある時はブログ全盛の時代であったけどこれからはYouTuberが来てるということで動画メディアに行ってしまった。僕もネットで色々と情報発信をするのが趣味であるので、自分のYouTubeチャンネルなんかを用意してそちらで何かしらのvlog的なものを発信しても良いような気もするけど、僕はなんか思考のリズムがブログやニュースレターのような言語的なメディアがちょうど良いようなのである。


一時期、ポッドキャストが面白そうと思って頑張って数ヶ月ぐらいポッドキャストの更新を頑張ってみたのだけど、どうも音声的なメディアでは僕が思考してるような表現というのはちゃんとできてない気がするのよ。これは僕が普段コミュニケーションしてても感じることなのだけど、音声的なコミュニケーションというのはちゃんと相手に対して意味が伝わってるのかというのが不安であり、人と話したりするよりはチャットやメールなどの言語的なコミュニケーションの方が安心できるのである。


書き文字の言葉というのは、厳密に意味を定義してドキュメントを作ろうと思えばそれを実現することが可能であり、どうも話し言葉というのは文脈以外に含まれる曖昧なノンハーバルな意味が含まれてしまう。僕はそれは曖昧であんまり好きではなく、どれだけ話し言葉を綿密に積み重ねても、漏れがあるようでちゃんとしたコミュニケーションというのは成り立たないのではないかと不安になってしまう。


僕自身が書いている文章がそこまで厳密に意味を積み重ねたテキストという訳ではないが、曖昧な意味を塗り重ねることで油絵のような厚みを持たせるようなコンテンツを作ろうとしている。1mmも漏らさず精緻に意味を積み重ねられたコンテンツというのも憧れがあるが、そういうのはおそらく法律の文章であるとかプログラミング言語のようなものであり、作る側も受け取る側も大きなコストを掛けないとちゃんと意思疎通できないようなものなのだと思う。やっぱり普段書く文章ではある程度遊びを持たせた、多義的な解釈ができるような文章を書いておき、それを毎日投稿して全体の方向性を示すのがブログのやり方として上手いのではと僕は思うのである。

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