まずは小説執筆の習慣を馴染ませる必要がある。
うーむ、しんどみの煮付けだな。もう気力尽きちゃってブログもエネルギーを使うようなことは書けないよね。
しかも明日は歯医者で、奥歯の銀歯が取れたところを削って新しく治療をする予定であり、僕はものすごく嫌である。僕は歯医者で歯を削られるのが嫌いで、そのために定期的に歯医者に通って定期検診したり、食後にはちゃんと歯を磨く習慣を身につけている。しかし、それでも虫歯はできるし、銀歯や親知らずの治療なんかもあったりするので、たまにこういう機会も発生するのである。
ほんと嫌なんで、今週末は適当にピザでも食べてこようと思う。ネットをフラフラしてるとドミノピザがこんなキャンペーンをしてるのを見つけた。
ピザを一枚買うと、サイドメニューやもう一枚のピザが10円になるキャンペーンをやってるのである。ピザなどという贅沢品は普段全く食べないものであるけど、せっかくこういう機会だから明日は外食デーにしてしまおう。
でも、11時ごろ歯医者でそれから2時間は飲食禁止なんだけどね。ほんと嫌だ。麻酔を使って歯を削るとのことである。こんなピザのようなアガるイベントでも入れておかないと、沈没したままマジで数日凹むこともありうるので、ちゃんとエネルギー充填もしておこう。
今週末は何するかな? ひとまず明日は歯医者だけど、そのあとで買い物してくるか。明日はニュースレターも書かねばならぬな。日曜日は美容室で髪を切る予定である。
ここんところは創作デーだよね。村上春樹さんの「職業としての小説家」の中で語られていたことであるかと思うけど、長編小説を書くことは「はずみ車を回す」ようなものなのである。十分に物語世界を語る勢いがつくまでは力を加えないとならないけど、一旦リズムがつき始めるとあとは自然に執筆できるようになってくる。
小説執筆なんて趣味はまさしく日々の習慣を作りながらやっていくものであるよね。どれだけ速筆の人であろうとも、長編小説を勢いだけで書き上げるというのは不可能であるし、基本的に小説って最初はラフに書くけど、徐々に完成原稿に向けて完成度を高めていくものである。
僕は小説を書き上げたりとかの趣味においても、仕事でプロジェクトを仕上げていくことから学んだ感じである。最初のうちで簡単な完成像を整理してまとめておき、あとはコツコツと目の前に出てくるタスクを潰していくことで完成を目指す。仕事でも小説執筆の趣味でも、最初のうちに仕事の完成の目安をつけておき、あとは地道に作業をこなしてるといつかは終わるものだ。終わりさえはっきりさせておけばあとは単純作業である。
「小説を書きたいのならどうすれば良いのか?」と問われた場合には、「毎日30分でも生活の中に時間を作って、コツコツと書き溜める」と答える。僕はここんところの小説執筆の習慣については、アントニー・トロロープが郵便局の仕事をしながらも創作活動をしてものすごい量の本を出版したエピソードなどを思い出す。
十九世紀のイギリスの小説家トロロープは47編の小説と16編のその他の著作を、毎日早朝に時間を捻出して書き上げた。トロロープはほとんど、郵便局員として働き続ける傍らで、兼業で小説を書き続けてそれだけの生産性を誇っていた。
文筆家として生きてきた者 ─ ─日々 、文学的労働に従事している者 ─ ─ならだれでも 、人間が執筆をするのに適した時間は一日せいぜい三時間であるという私の意見に賛同するだろう 。しかし 、文筆家はその三時間のあいだ 、途切れることなく仕事ができるよう 、訓練すべきである 。つまり 、ペンをかじったり 、目の前の壁を見つめたりすることなく 、自分の考えを表現する言葉が見つかるように 、おのれの頭を鍛えなければいけない 。当時 、私が身につけた習慣は ─ ─いまでも私の習慣なのだが 、最近は少し自分に甘くなっている ─ ─目の前に時計を置いて 、十五分間に二百五十語書くことだった 。すると 、じっさいに二百五十語 、時計の進みぐあいと同じくらい規則正しく出てくるようになった 。しかしその三時間は 、すべてが書くために費やされるわけではない 。いつも書きはじめる前に 、前日に書いたものを読む 。それに三十分かかり 、その間 、おもに耳を使って単語やフレ ーズの響きを吟味する … …このように時間を区切ると 、一日に普通の小説本の十ペ ージ以上書くことができ 、それを十ヵ月間続けると 、一年で三巻シリ ーズの小説が三作できあがる ─ ─まさに出版業界の人間が激務に悲鳴をあげそうな分量だが 、それはともかく 、世の中の小説の読者も 、一人の作家の本をこれ以上読みたいとは思わないだろう 。
トロロープは日常の中で習慣として小説を書き続けた。一つの作品が書き終わると、すぐさま新たな原稿用紙を用意して、次の作品に取りかかるほどであった。そのほとんどの作品は早朝四時に毎日机の前にすわり3時間書き、執筆を終えてから朝食の準備をした。
メイソン・カリー著 「天才たちの日課」 フィルムアート社
結局のところ、小説執筆でも仕事でもそうであるけど、いかにして自分の集中力であるとか時間をコントロールして、日々の生活の中でその対象に向けてエネルギーの焦点を当てるか、というのが主点になる。「なんとなく小説で賞が取りたい」ぐらいの気持ちではモチベーションが続かないものであるし、ふわふわしたイメージを具体的な作業に落とし込む前準備が必要であるよね。
僕は今回の作品では、そこんところをガチっとフレームにハマったやり方でやろうかなと考えてる。Scrivener3で今は設定資料を整理してるけど、設定とか場面ごとの箱書きについて、細かく粒度を分けてScrivener3で整理するような書き方をやってみようかなと思う。
どうも、僕の今までの小説の書き方というのは、ある程度プロットや下書きを最初に書いておくものの、きちんと定まった設定資料や箱書きについては書くことはしなかった。今回からはそのようなアウトラインをしっかりと仕上げていき、尚且つ、荒いアウトラインと詳細なシーンの描写を往復するような書き方を試してみようと思うのである。
創作論ばかりをするワナビは好きではないが、その人なりの作業手順であるとか創作に対する美意識というのは、作品とイコールに等しい部分がある。素人がなんとなくで書いた作品がまぐれ当たりをすることはあるけど、そこから継続してサイクルヒットを出そうと思うのなら、その作家なりのスタイルというのが重要になってくる。
僕なりの執筆スタイルの確立というのは、僕はまだできてないからね。そういうのを色々と探ってみる活動をやろうと思うんである。