超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。

かなり病的なブログ書きの自覚はある。

かなり病的なブログ書きの自覚はある。


今日は疲れたー。午前中は定期の高血圧の薬をもらうために内科を受診。そしてそれが終わったらいつものカフェにiPadを持っていき、ちょっと絵の勉強。それから家に帰ってきてクラッシックを聴きながらニュースレター執筆。


で、夜はブログを書いているのである。なんか、1日のうちに絵を描いたりとか書き物が多すぎて、そろそろ神経が疲れており、ブログまでエネルギーが回らない程度には尽きている。


かといって僕はブログを書かないと気持ち悪くて寝れないしな。ほんとな、完璧にブログの毎日更新が依存症まで発展しており、もう書かないと精神的に安定しない程度には依存してるのである。


まぁいいか。タバコとか酒みたいな健康に影響する嗜好品よりはブログを書くことに依存するのはまだ健康的だろう。問題があるとしたら、最近は書いてるのが本当に自分の日記ばかりになっており、他人の興味を惹くための意味のあることを書く気力がなくなってきているということだけど、これはまぁ長年ブログを継続していると仕方ないことなのかもしれない。


しっかしま、土曜日はニュースレターも書き、そしてブログも書くということをやっており、これで小説も書いてる時は一日1万字ぐらいはゴリゴリ書いてるんじゃないかということもあるんだけど、これが完璧に私的な趣味というのが痛し痒しなのである。頑張って文章を書いても一銭にもならない。ちとまぁ、他人に読まれる向けの文章は勉強した方がいいよなーというのは常々思う。


なんじゃろ。ほんとまぁ、自分の趣味に関しては色々と思うところも多い。書くことと描くことが趣味ではあるけど、これを自閉させたらいかんよなーと思う。


んーなんかさ、ほんとSNSをやめてしばらくして顕著なんだけど、他人の視線みたいな刺激がなくても書けるようになったのはいいんだけど、そこから外に向けて作品を出すエネルギーがなくなっちゃっている。


いや、ブログとかニュースレターについては書いているけど、これは習慣で惰性で書いているだけであり、そこから他人の視線を意識して何かの役に立つことを書こうという気力がなくなっちゃってるよなーと思う。


まぁいいや。僕の好きにやるね。結局、ブログという全世界に向けて公開しているメディアで自分語りばかりを綿密に3400日以上もねっとりと書きまくってるというかなり病的な人だけど、元々随筆というのはそういう性質がある。あの徒然草の兼好法師ですら随筆を書くのは狂気の沙汰だと言っている。


まぁそうなんだよね。ブログの毎日更新というのは、一定レベルを超えるとかなり狂気の沙汰になってくる。毎日自分の内面をみっちりと観察して言語化して書きつけて、それを他人に読んで評価してもらおうという趣味を長年続けているのは、ナルシストとマゾヒストの混合のようなものであり、かなり反社会的な趣味になってくる。


内面を見つめ続けると、自分の思考というのはかなりパターン化されており環境に反応して同じ処理をするなと気がついてくる。どうも僕は瞑想もやってるせいか内面のメタ認知がかなり微細なところまで気がつくようになってるようであり、毎日同じ場所同じ時間でこの思考は必ず出るなというところまで気がつくようになっている。


これでわりかしメンタルヘルスには役立ってるところはある。何かネガティブな思考が現れた時も「あ、こんなこと考えている」と言語化してダンプリストに変えたりとかラベリングをして距離を取ることも可能になった。


問題があるとしたら僕の場合は「分析癖」なんだけど、生業がエンジニアであることもそうなんだけど、何か問題を見つけると分析して問題解決しようとする力が強くて、必要ないことまでずっとぐるぐる考え続けてることが多い。ちとまぁ、これがかなり強迫観念的な完璧主義なので、なんとかせんとなとカウンセリングの先生とも話してる。


一体まぁ、こうやってブログを書き続けてきたことが社会に大きな影響を与えるようなメディアで稼いでウハウハ! ということはなかったが、間違いなく自分にとってはライフワークであり「一生どうでしょうします!」みたいなノリでブログ書いている。というか、多分、病気で倒れるとかしないとマジで一生書いてるはずであり、それはそれで引くよなーと思う。

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