どうもセルフコンパッションとか真面目に学んだ方がいい。
やれやれという感じである。この記事を書くのはカウンセリングの帰りのスタバで書いてるのだが、最近、休日がめちゃくちゃ忙しい。
ひとまずニュースレターを発行して、ちょっと休憩してブログを書き始めた。僕はブログやニュースレターについては書くことが娯楽であるから苦痛とは思わんのだが、一日24時間というのは足りんよなと感じることは多い。ひとまず、ニュースレターを発行したよ。今日はイーロンマスクが言ってる「倫理的なAI開発」とはなんなのかということと、Web広告業界の実態なんかについて切ってみた。
ニュースレターもわりかし好評であるし、自分も自分のニュースレターがあることは気に入っている。完全無料でやっているけど、今週の情報収集で僕が気になったWeb業界のことなどを記事にして毎週土曜日にお届けしてる。購読も購読解除もお気軽によろしくお願いします。
今日のカウンセリングで先生と話したんだけど、どうにも僕は完璧主義で自己肯定感が低くて、人の顔色を窺うのが癖になってるのは困ったもんだなーと気がつかされた。
話した詳細までは語らんけど、どうも僕は自分がやってることを大したことがないことと思い込んで、周りの人に馬鹿にされていると思って壁を作るのが癖になってるようなのである。先生と話していて思い当たる節がたくさんあり、仕事場でも勝手に孤立感を感じてるけど、どうやらこのような機序で僕の人嫌いは発生してるようなのである。
「もうちょっと自分に優しくしたらどうですか?」と言われるのだが、どうにもこの「自分に優しくする」というのがさっぱりと分からんのである。自分の精神の基本構造が「きちんとしっかりと努力して物事を極めるのが正しい」というのが根っこの方まで染み込んでるらしく、気を抜いたりとかいい加減に物事をやるのが苦手である。
どうやら自分が実は自己肯定感が低いらしいぞ、というのは昔から気がついており、それを改善するためのセルフケアは色々と試している。マインドフルネス瞑想のトレーニングの中で「慈悲の瞑想」というのがあるのだが、その瞑想法については毎日の瞑想のルーチンの中で、週に3回はこれをやっている。
また、今日あったよかった事と感謝すべき事を毎日寝る前に3つずつスマホのジャーナルの中に記録するのをルーチンにしてる。こちらについては割と効果があるらしく、自分を責める言葉の鋭さというのが昔よりは弱くなったような気がする。
まぁ、僕もいい加減、いい歳になってきて色々と気がついたであるけど、僕は誰にも助けられずにただ一人で生きてきた訳ではない。普通に生活していても、食べてる食事の食材を作ってる農家の方とか、それを配送してる宅配員、そしてそれを販売してる小売業の方など、さまざまな人の手によって自分の生活は支えられているのだ。
自分がこうやって普通に生活できてるのも、いろんな人々のいろいろな仕事で支えられているし、僕自身がやってるさまざまな活動というのも誰かを助けているのかもしれない。正直言って僕は、自分がやってることが誰かの考えに干渉するというのに恐れを感じるところがあり、怒られるのは当然嫌いだが、褒められるのもなんか苦手である。
自分一人でいろんなことをやって自己完結させるのが癖になっており、他人の評価はいらないし、他人から隠れて生きるのが正しいことと思っていた。どうやらそういうのが違うらしいというのも後天的に知った考え方だよね。
人間は生きていればどうしても誰かに迷惑をかけることもあるし、迷惑を掛けられることもある。そのことに対して怒るのではなくて、許してあげたりとか認めてやることで、自分自身の思考の棘は痛くなくなる。人に対して怒ったり憎んだりという感情は自分の気分を大きく損ねるし、自分のためにもそんな感情は持たない方がいい。
「セルフコンパッション」という言葉があるけど、そちらについてはもうちょっと調べてみて図書館で関連書籍などを探して借りてこようかなと思う。どうもこんな言葉らしいけど、ChatGPTとの壁打ちで知った。
「セルフ・コンパッション」とは、あるがままの自分を受け入れること。コンパッションとは英語で思いやりのことで、直訳すると「自分に対する思いやり」という意味になります。2011年に米国テキサス大学のクリスティーン・ネフ氏によって『セルフ・コンパッション―あるがままの自分を受け入れる』が出版され、ネガティブな思考や感情を無理に矯正するのではなく、自分のありのままの状態を受け入れる姿勢が推奨されました。
基本的に僕は自分が言ってることより他人の言ってることが正しいと思うし、自分がやってる仕事よりは周りの人の方がすごい仕事ができると思ってる。無論、口だけのやつというのもいるけど、僕は自分は「できないやつ」という感覚で生きている。
こういう感覚を「なんか変だぞー」というのは分かってるんだけど、どうにも言葉で説き伏せようと思ってもできないことなんだよね。瞑想やったりとかでじわじわと身体的なアプローチで攻めていくのがいいのかなーと最近は感じてる。とりあえずまぁ、セルフコンパッションについてはもうちょっと調べようと思う。