超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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幸せになるためにはどんな風に考えれば良いか。

幸せになるためにはどんな風に考えれば良いか。


自分の書いたブログをたまに読み返してみるのだが、偉そうに人生訓なんぞを述べているのを読んだりすると小っ恥ずかしくなる。何を偉そうに大きな顔をしているのか。僕の人生というのは勝ち組か負け組かで言えば、間違いなく後者の方である。まぁ、こんぐらいの歳まで生きてみると、その区別の仕方というのは随分と粒度が荒くて全然適切ではないなと気がつく。実際、世の中の人たちの幸不幸というのを区別するような尺度というのは決まっておらず、主観的に幸せであれば全然OK!である。


なんかこの辺り、自分でもよく割り切れてなくてわかんないよね。ブラック企業に飼い殺しされてメンタルぶっ潰されてまともに働けなくなって、一般論で考えてみたら可哀想な人の方に分類されるけど、僕は自分ではまったくそうは思わんな。病気になって良かったとはまったく思わんが、現在の生活の中では毎日必死に生きてるので自分の人生の幸不幸について考える暇がない。多分、年をとって自分の人生を振り返ってみる時なんかに、嫌なことなんか思い出して不幸な気分になることがあるかもしれない。案外、時間をおいてみると不幸な出来事というのはマイルドで味わい深い香辛料になったりするので、人生山あり谷ありの方が振り返ってみるときにおもしろいのかもしれないな。


人生において幸せな人と不幸な人を分ける分水嶺というのはどんなものなのか考えてみる。前述したことであるが、人生の幸不幸というのはあくまでも主観的なものであり、どんなに嫌な出来事が多い人であっても本人の受け取り方しだいにより幸せだったりする。逆にどれだけ物質的に満たされた人生を送ってる人でも孤独であったりどこまで行っても満足できなかったりで不幸であることもありうる。


こういう幸不幸を感じる感受性というのは、何で規定されてしまうのかいまいちよく分からないよな。なんとなくその傾向というか方向性だけはわかるような気がするけど、それを改めて言語化しようと思うと随分と難しい。思想的な部分とか脳科学的な部分とか、いろんな切り口で述べることができる問題ではあるけども、それらを色々と引用してきて敷衍するために僕には知識が足りない。そういった幸福に関する知識的な事柄を集めて研究している学問で「ポジティブ心理学」という分野もあるので興味がある人は参照してみても良いだろう。僕が読んできた本の中では前野隆司氏の書いているこちらの本が詳しかった。



なんとなく、僕の経験則で幸せになるためのコツなんかを述べてまいろうかと思う。僕個人の感想みたいなものなので万人に当てはまる原則ではないが、僕自身の生き方としてはこういう方針で生きていこうかという言語化である。


まず、幸福になりたいのであれば、薄味な刺激に慣れてそれで幸せを感じることができるように、自分の感受性の方をチューニングするのが大事であると思う。動物の脳というのは、幸福を感じるときにドーパミンを発生させてそれで快感を感じるという。しかし、このメカニズムには徐々に刺激を強くしていかないと、脳が快感を感じにくくなっていくという特徴がある。


薬物の常習者とかを想像してもらうとよくわかる。最初はちょっとの麻薬でも快感を感じていたものが、徐々に同じドーパミンの量だと脳の受容体が麻痺してくる。そのため薬物依存者は同じ量の薬物では快感を感じることができずにどんどん量を増やしていく。


これは薬物で脳のドーパミンを刺激することだけに限らず、日常的に快楽を覚える行為すべてで同じ理屈なのである。ギャンブルや性行為なんかでも同じ刺激をずっと繰り返していると刺激に慣れてくる。そのため、依存症に陥ってる人はどんどん対象となってる刺激を強くしないと快感を感じられなくなってくるのである。


これらの仕組みは人間の脳に組み込まれたアプリオリな構造だ。なので人間は酒やタバコ、ギャンブルなどに依存するし、それらの刺激も徐々に強くしていかないと脳のドーパミンの量が不足を感じて不幸感を感じてしまう。強い刺激を伴う快感というのはどこまで行ってもキリがない。最終的には満たされない思いになり不幸な気分へなってしまう習慣である。


この、強い刺激を伴う快感というのはタバコやギャンブルなどに限ったものではなく、人間社会を見ていると人間は本当にいろんなものに依存しているのだなとわかる。ワーカーホリックのように仕事で忙しく働くことに依存する人もいるし、恋愛中毒のように対人関係に依存する人もいる。ランニングなどの運動も依存性がある。スマホSNS依存症なんて最たるものだろう。それらの依存物も同じく快感を感じ続けるためには刺激の強度を高めないといけない。


依存するものを全部断ち切ってしまい仙人のような暮らしをするのが素晴らしいと主張するつもりはない。しかし、強い刺激による快感というのはいずれ不幸を呼び込む。これはいずれ自分の能力では自分の脳を満足させるほどの刺激を与えられなくなってしまうから運命的なものである。なので「小欲知足」という考え方がことのほか重要なのである。


www.otani.ac.jp


「足るを知る」という言葉は古臭くて説教くさく聞こえるかもしれないけど、結局のところ生活の中で見つける小さな幸せで満足できる考え方という方が幸福になれるのである。僕が人生の幸福について考えることとしてはこんなところである。今まで生きてみて感じた考え方はこんなもんだね。

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