小説の終盤に入って執筆モチベがなくなっちゃった。
なんか非常に憂鬱。日曜日の夜だからかもしれないけど、僕は明日は有給でお休みやねん。ちょっとこれは僕だけの特有の症状かは分からないんだけど、夕方ごろから突如として何も理由のない憂鬱に襲われることがあるのよ。この時は思いつくような不安になったり憂鬱になったりする原因ってなくて、体の方から憂鬱な気持ちだけが湧き上がってくる感じ。なんか、ムンクの「叫び」って、あれも描かれてる人物は風景を見ていると訳のわからん不安感に襲われて叫んでるらしいじゃない? あれとおんなじ感じで人間には理由のない不安ってあるのよ。
というか、マインドフルネス瞑想の熟練度がかなりレベルアップしているおかげか、僕は感情と思考を切り分けて理解することができるようになっているのね。感情ってさ、僕の夕方の憂鬱でもそうであるように特に何も理由がないのに特定の感情が湧き上がることがあるのよ。何か体の調子が悪い時というのは思考が不安な感情を捕まえやすくなってる。体の調子が悪いせいで機嫌が不機嫌になっていて、本人がそれに気がつかないというのは良くあることだ。こういう時は思考がぐるぐる思考に囚われやすくなっており、不愉快な考えを考え続けて病むことが多い。こういう日は調子が悪い日として諦めて、さっさと早めに晩飯でも食って寝逃げしてしまった方が良い。
この週末は微妙にメンタルの調子が悪いのだけど、どうも微妙に偏頭痛の感覚があるので近くに低気圧がある感じだ。沖縄近くで台風が通過中らしいので、それの影響を食らってるのだろう。僕がメンヘラであるせいかどうかは分からないんだけど、天候とか気候が崩れると僕も調子を崩しやすい。特に低気圧が弱くて、台風が近づくと調子を崩す。こりゃ、今週末はあまりアクティブには動かずにできるだけ自宅で受動的にできる娯楽でも楽しんだほうが良いかもしれない。
まぁ、明日は幸い病院受診でお休みであるので、適当にサウナなどに行ってきてストレスケアに励むとしよう。それにしても小説執筆がスピードダウンしてしまって進まないのだが、明日で一話は仕上がると思う。プロットによると今書いてる小説は今書いてる一話を含めてあと4話で終わりである。どうにもこうにも小説に対する集中力が完璧に尽きており、話を進めるモチベーションが無くなってしまった。こりゃ、モチベーション管理の失敗である。
小説を書く場合、短編であればアイディア一発勝負でダダダっと書いていけば完成させることができるけど、長編の場合はモチベーションコントロールが重要になってくる。書き始めの頃はモチベーションに溢れていて、ある程度の分量までは勢いだけでも書くことができるけど、難しいシーンにぶつかったりとかあまりにも作品が長すぎる場合には書く気力が尽きてしまうことがある。
こういう小説執筆のモチベーション管理については諸説あって、僕みたいに始まりから終わりにかけて順番に小説を書いていくのは難しいという説もある。小説家の百田直樹が言っていたことであるのだけど、あの人は最初に物語のクライマックスシーンから書き始めてしまうらしい。そしてシーンごとに書きやすいところから書いていって、最後に全体をつなげて微調整をするらしい。思想的には好かん人ではあるけど、書いてる小説は面白いものもあるので、まぁまぁ見習う部分もあるのだろう。
まぁ、小説執筆で途中で心が折れちゃうケースというのは、プロットで失敗していることが大抵の場合なんだよね。プロットの粒度が荒すぎるか、執筆しながら脱線しちゃってプロットの筋から本文がずれちゃってる場合は書き進めるのが難しくなる。キャラクターが動き始めて話の筋が脱線してしまうことはよくあるけど、そういう場合、ある程度プロットの方も直しておいた方がいい。無意識に任せて筆を進めていくのは気持ちいいではあるけど、話の脈絡がなくなっちゃうと途端に書けなくなって途中でエターナることがよくある。プロットの粒度が荒い場合は、作品のイメージが先行しすぎちゃって勢いで本文を書いちゃおうとしたのかもしれない。小説は長文であればあるほどプロットなしでまとまったお話は書けなくなる。書きながら話の筋を考えるのって、物語の一貫性を放棄した作品か、頭の中にはっきりと作品全体のイメージを作ることのできる一部の天才ぐらいのもんですよ。
今の一話はほとんど終わりで、あと三話をでっち上げれば作品はひとまず終わりなんだけどなー。モチベーションがなくなった時に文章を書くのって本当にしんどいですよね。まさか、クライマックスシーンで気力が尽きるとは思わなんだ。一応まぁ、話は終わらせますけど、終盤の方の出来は僕自身があんまり気に入ってないです。いや、作者が作品を否定するような思考をするとほんと書けなくなっちゃうので、書き終わるまでは自己否定はやめますけど、「やらかしたなー」という気分はありますね。