超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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ブログ書き続けるのも生きる理由の一つだよな。

ブログ書き続けるのも生きる理由の一つだよな。


とうとうGWが終わってしまった。朝に早起きして仕事に行くが非常にだるいね。まぁ、皆さんも連休明けの仕事についてはのんびりと暖気運転から開始すると良いよ。エンジンが止まった状態からいきなりフルアクセルとかすると、機械も人間の体も調子おかしくするよ。


体調はそこまで極端に悪い感じではないか。思考の方は多少、ぐるぐると懸案事項が巡ってる感じでもあるが、この辺りは考えても仕方ない。考えてもどうにもならんことををぐるぐると考え続けるのが人間の思考である。こちらに気分を引っ張られるといつまでも何もやれなくなる。


さて、何を書くべきか? 仕事は普通に仕事であり、ネットの方も面白い話題がある感じではない。思考の方で何か書いてみたいネタがないか多少考えてみたものの、面白い文章になりそうなネタはそれほどなさそうである。


自分のこれから先の人生をどうするべきか? とたまに考えたりする。若者であれば多少のネガティブな問題があったとしても、これからの可能性で期待できることがあるけど、僕の人生というのは実際、わりかし色んなものが詰んでおり、生きられないほど辛いというほどではないけど、輝かしい未来が待っていると将来に期待できるもんじゃない。


ここ数年ばかし、「生きることってなんだろう?」と時折考えたりする。僕の人生は、前世で何をやらかしたのか分からないけど、わりかしハードモードであり、いつも人生の重荷ばかりを背負っている。そのため、心が折れないように頑張って踏ん張りながら生きることが癖になっている。ブラック企業に嵌められて統合失調症患ったのもそうであるが、母親も脳出血で半身麻痺であり僕が家事をしたり介護をしたりしている。そのほかにも心を抉るような出来事というのはワラワラと出てくる。


こういう、普通の人に比べると何やら不運なことが多すぎる人生については「仕方ねーな」という感じで、ある程度割り切って考えるようにしてる。いや、以前はこういうよく分からん困難なことばかり積み上がっていく人生のせいで心が折れてる時期もあったのだけど、へこたれてしゃがみ込んでたとしても誰も助けてくれんのである。


どうしようもないことに対して、何やら原因を過去の自分の行いなどに求めてぐるぐると考えたところで、気分が悪くなるばかりで何も解決策が見えない。30代の後半からなんとなく気がついてきたことがあるんだけど、こういう思い悩んでも仕方ないことにリソースを費やすよりは、動きながら次善策を考えて実施していく方が気分が楽。自分の悲惨な人生に対して、落ち込んで自己憐憫をするのは、他人に責任転嫁をすることで楽になるような感じもするんだけど、実際、なんの問題解決にもならん。


目の前で発生してる出来事に対して、いちいち動揺して悩み込んでも、自分の気分が悪くなるばかりで良いことは一つもない。それよりはまず、テキストエディターなりに箇条書きで問題点を書き出して、解決しないといけない問題点であるとか助けてくれそうな人とかも羅列してみて、この問題点に対してどのようにアプローチしていくか考えるのが習い性になっている。


今をなんとか生きることに精一杯であり、将来のことまで考える余裕もあんまりない感じであるが、あんまり煮詰まって、いつもいっぱいいっぱいなのもよくないのだなと気がついたのは最近になってからだよな。人生の中で「必ずやらないといけないこと」というのもないし、「○○だからダメ」という原則もない。自分はそこまで何もかもすごくできる奴という訳でもないが、どうしようもないほど人後に落ちるダメ人間という訳でもない。


いまだに人生の山の見晴らしの良いところではないので、自分の人生が今後どうなっていくかという見通しが立ってる感じではないが、生きていくやり方については見えてきた感じがする。きちんと自分の習慣を飼い慣らして、その中で自分のストレスコントロールなどもしっかりと気をつけつつ、また色んな人とも交流してみて助け合いができる人を探していくなどの生活習慣をコントロールしていれば、致命的な人生の破滅はしないでも済むのではないかと考えている。


どうも僕は人生の途中で酷い目に遭いすぎたせいで、何かのきっかけ一つで、急転直下で人生が破滅してズタボロになっていく不安感というのをいつも持っている。でも、最近になってようやくその不安感というのが取れてきた気がする。


いくらか人生経験を詰んでみて気がついたことであるけど、どれだけ酷い目に遭ったとしても、そのこと一つだけで「人生台無し」ということはないんだよね。むしろ問題になるのは、その出来事により「自分はダメなやつ」とか自己イメージが低下してしまうことの方が問題。自分を否定されるようなことがあったとしても「こんなことがあったけど、まぁ自分は他にもこんな良いところがあるしな」と自分の価値観を分散させておくことが重要。


明日も生きていい理由というのはたくさん見つけた方がいい。資産運用の概念で「分散投資」という考え方があるけど、つまらないことでもいいから生きる理由をたくさん見つけておくと、それだけで情緒が安定するのである。資産運用でも一つの資産クラスに全額投資というのはリスクが高すぎて危ない。「明日カフェに行く」でも「猫が可愛い」でもいいから、生きる理由はたくさん見つけておこう。


他の人から見るとつまらんことかもしれないけど、僕はブログの毎日更新に命を救われてる部分もあるのである。普通の人はここまで文字の詰まりまくったブログの毎日更新というのは、できないしやらない。こうやって自分が声を上げられるスペースがネットの片隅にあることも、僕が生きてる理由の一つである。

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