民主主義の危機とコミュニケーションの重要性。
ここんところのメンタルの調子としては、決して悪くはないのだけどなんか雑念をコントロールするのが難しい感じ。今までマインドフルネス瞑想でキチンと雑念が発生してもある程度コントロールはできていたのだけど、最近は雑念にとらわれるとしばらく気がつかないで気分をモヤモヤさせてることが多い。
そこんところを気がつくことができるというのもメタ認知がなかなか鍛えられてるということなのだろうか? 瞑想に関しても中級者ぐらいのレベルにはなってるかと思うけど、ちゃんとたまに新しく練習に使える考え方や書籍などを探して工夫してみることも重要なのだろうなと思う。
最近はまぁ、能登半島地震はどうしようかなぁと考えることが多いよな。Twitter(X)は神経にくるから論外であるけど、NHKの朝のTVやラジオなどで被害状況については確認するようにしている。
どうもかなりとんでもない被害が出てるようであり、遠隔地にいる僕が聞いても押しつぶされそうな思いになる。僕が実際に何か被災地のためにできることはなんだろうと考えたのならば、義援金を送ることぐらいしかできなさそうであるが、ちょっとネットをフラフラしてるとこんな感じの良さげなTwitterのポストを見つけた。
いま個人があっち行ったら迷惑だし信用出来るところに義援金送るのが一番だけども何にも出来なくて歯痒い人は普通に生活して経済動かし続けるんだよ
— ビートきよし with M (@kiyopon1231) 2024年1月3日
#こっちが弱っていたら助けられなくなる
優しすぎる人は苦しんでる人居るのに自分は普通にしてちゃいけないって思うんだろうけど頑張って普通に暮らしてください
— ビートきよし with M (@kiyopon1231) 2024年1月3日
#頑張れ日本
まー、確かにビートきよし師匠のいうとおりであるなと思った。ネットで無数に溢れてる情報をリツイートしたりとかブログで紹介するにしても、素人ではどれが本当でどれがデマか分からないので迂闊に拡散するのはよしたほうがいい。今現在、ボランティアのために能登半島に行ったとしても地元の人たちに迷惑を掛けるだけである。
日本という国家の中でこういうことが起きているのなら、被災地以外の地域に住んでる人たちは普通の生活をちゃんと行って経済をしっかりと回すようにするのが一番の支援。そして自分の負担にならない程度の義援金を赤十字なりちゃんと実績のある組織経由で送ることをしたりするのが良いだろう。
とりあえず、僕は精神の過負荷にならない程度にしっかりと報道で情報を確認することにするよ。僕自身のやれる活動というのも、こうやってブログやニュースレターで僕の知り得た知識を読み物と提供するのが役割であると思う。冷静に落ち着いた状態で情報をしっかりと判別して、僕自身が考えたとことや感じたことをしっかりとブログで文章化していくのが僕の役割だろう。
それにしても2024年はなんの因果で新春からこんなことが起きてるんだろうか。大地震があったかと思えば羽田空港で飛行機の衝突炎上である。初っ端からこんなに詰め込まれると困るのであるが、今年は1月に台湾の総統選もあるし、11月にはアメリカ大統領選もある。結果如何によっては全世界がやばい。
どうもアメリカ大統領選は現時点ではトランプが優勢らしいね。そこんところも僕は非常に不安なのである。中国が覇権主義に囚われており台湾に軍事的な圧力をちらつかせてる状態で、またトランプが当選して以前のようなディール外交だとかいうような頓珍漢なことを始めたのならば、下手をすると台湾に近い沖縄もまずい。
これはどうなのかというのは現時点でも未知数なのだけど、今んところはアメリカの民主党も共和党がどちらを政権をとってもねじれ議会であり、トランプが当選してもいきなり極端な行動には出ないだろうなーと思うけど、どうも軍事的な危険性というのが現実的な感じで日本にも漂ってきたんじゃないか? と感じてる。
まー、こういうことについては僕はネット上では迂闊なことは書かんよ。まぁ僕は政治的な立場では安全保障についてはリアリズム寄りではあるんだ。や、外交努力とかそういうの抜きで平和は守れないと思うけど、具体的なパワーバランスも維持した上じゃないと実際の外交の交渉はできないと思っている。
こういうのは実際に選挙があった時にそれぞれの候補者の主張を聞いて、自分の考えと実益でどの候補者がいいのか考えて投票する感じで意見を政治に反映すれば良いのだなと思ってる。政治的な議論についてネットでやることに関しては、穏やかな感じで対話を重視してる人であればありだと思う。まぁ実際のところ両極端のイデオロギーのノイジーマイノリティが喧嘩ばっかりやってる感じで、ノイズが多すぎてネットで政治の話を聞くと辟易してる。
実際、社会の分断というのは、こういう極論ばかりが広がりやすいネットのアルゴリズムのせいで発生してるのだろうなーと思う。今んところのネットの風潮では、政治というと対案も示さず対立してる相手の悪口を言うことだと思ってる人が多すぎるように思う。こんな状態だとポピュリスト政治家の良いようにやられるのは当たり前だろう。
民主主義での政治というのはまずは対話ありきであろう。ここまで社会が分断された状態というのは民主主義が重大な危機なんじゃなかろうか。2024年がどんな年なのかは始まったばかりであるけど、その辺りの課題は早急に解決しないとまずい。僕もちょっとはいろんな人とコミュニケーションが取れるように努力してみる。