
効率化と手応えのトレードオフは悩ましい。
正月明けの朝はやっぱり少し眠い。でも、体調そのものは確実に戻ってきている感じがある。正月前は、正直言って創作で完全に燃え尽きていた。限界を超えて突っ走って、火がついたら止まらず、燃え尽きたあとに灰みたいになって、しばらく何もできなくなる。
正月前はかなりひどかった。イラスト関係でiPadを買ったのちに、全力全開で一月で2枚ほど絵を仕上げて、それで突っ走った挙句に燃え尽きる現象が発生していた。その頃のブログを読み返すと、自分のせいなのに全世界の全てを呪ってる人がいて面白い。
ここ数年、ずっとそんなことばかり繰り返してきた気がする。今回の正月は寝正月でだらだらしていたけど、結果的には体力回復にはちょうどよかったんだろうな、と今になって思う。あの時点で、もう限界を越えていたのだと思う。
40代にもなってセルフコントロールがどうこう、という話になるのは正直情けない気もするけど、燃え尽きるものは燃え尽きる。仕方がない。だから今年は、この「創作過集中」をどうにか制御する方法を身につけないと、本当に命が足りなくなる。やりたいことをやりすぎている自覚はあるから、省力化や工夫を本気で考えないといけない。
最近、やっぱり鍵になるのはAIだなと思っている。仕事にしても生活にしても、まずどこがボトルネックになっているのかを洗い出して、AIで自動化できるところは自動化する。その発想自体は、もう避けられない段階に来ている。
実際、自分は日々のメモを書いて、昨日のブログとそれをAIにバッチ処理まとめさせて、翌朝iPhoneに読み上げさせて「昨日の振り返りラジオ」みたいなものを聞きながら出勤している。ブログも、音声入力で一気に話してからAIで整形する、という形を使っている。AIに書かせているわけではなく、あくまで自分の言葉を整えているだけだけど、それでも効率はかなり上がる。
ただ、その一方で、こういうやり方にはどうしても物足りなさが残る。ブログを書く快感って、結局は自分の手で言葉を積み上げていくところにあるんだと思う。全部を音声入力とAIで済ませると、時間は短縮できるけど、人間の手触りが薄くなる。
この「省力化」と「手応え」のトレードオフは、かなり悩ましい。自分のブログを一番読んでいるのは結局自分だから、自分がつまらないと感じるなら、書く意味がなくなる。AI+音声入力で書いたブログはどうしても薄味になるし、読者のレスポンスも良くない。
AIはもう不可逆だ。スマホが普及したのと同じで、なかった時代には戻れない。だからこそ、どう使うかを考えるしかない。創作にしても日常生活にしても、新しいテクノロジーを避けるのではなく、どう折り合いをつけるか。その結果生まれた余暇を、また別の趣味や創作に突っ込んで、結局ぐるぐる回り続けるんだろう。
便利になっても、人間の生き方そのものは変わらない。やりたいことに突っ走って、燃え尽きるまで走り続ける。その性分から逃げられない以上、せめて燃え尽き方をコントロールできるかどうか。今年はそこを本気で考える年になりそうだ。