超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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「考える」ことは意味があるけども「悩む」ことはムダである。

「考える」ことは意味があるけども「悩む」ことはムダである。


最近僕は悩める子羊だよな。いや、おっさんが子羊名乗るのは無理があるけど、とかくブログで悩みがちである。


ここ数日のブログを振り返ってみたところ、転職活動であるとか今後の人生の行く末について色々と考え込むことが多いようだ。僕はこのブログに関しては完璧なる私物化を行ってるがゆえに、何かあったらブログで色々と書きながら考えるようにしているのである。


どうも僕はなにかを考える時はエディターで色々と文章をフリーライティングしながら考える癖があるのだけど、これは同じところをグルグルと繰り返し悩まないように身につけたテクニックである。何も書かずに悩み事を抱えた場合には、同じシーンであるとか同じような内容を繰り返しもやんもやんと悩み続けて時間をムダに消耗した上神経もズタボロにしてしまう。


こういう悩み事が発生したらすぐさまスマホを立ち上げてAwarefyという認知行動療法のアプリに考えていることを書き込んで、そして今感じてる感情をパラメーターとして数値化して、それを理解した上での今後の考え方などを書いて感情を整理するようにしている。こうやって感情をしっかりと客観視できるような工夫をすることで「悩む」ことに関してはできるだけ無くすようにしている。


どっかの自己啓発系の本で読んだことだけど、出典は忘れてしまった。色々と悩んだりするようなことに関しては次のような捉え方をしたら良い。


人生において何か問題が発生した時に「考える」ことは意味があるけども、「悩む」ことはムダである。両者は物事に対して頭を働かせるようなアプローチを取るのであるが、決定的に違う行動である。


「考える」ことは積極的なアプローチであり、与えられた情報を整理したり理解したりすることで解決策や新しいアイディアを見つけるための行動だ。慎重に考えることで人々は状況や課題を明確に把握することができて、問題解決をしたり成長するための気づきを見つけることができる。


一方「悩む」ことは消極的なアプローチである。与えられた問題に対して不愉快な感情をグルグルと何度も味わうような行為が「悩む」ということであり、エネルギーと時間を消耗し続ける行為である。悩みは問題に対して何も建設的な解決策を提供せず、自分の思考をネガティブな感情を繰り返させる状態にし続けることである。


僕がやってるような、何か悩みそうな時には書きながら情報を整理していくというのは、「悩む」ことを「考える」ことにシフトするためのトリガーのような行為だ。頭の中だけでグルングルンと悩んでしまってる出来事を、文字として出力することで目にみえる存在として認識する。そうすることで状況を理解することができるようになるので、少しは問題を先に進めることができるようになる。


こういうのは日記であるとかジャーナリングの優位性として取り上げることができる特徴であるよね。思考を言語化するテクニックを身につけている人は、きちんと思考を論理的に整理しながら考えることができるようになる。気分に支配されて「なんとなく不愉快」なだけで同じ場所をグルグルと回り続けている自分をメタ認知するだけで悩みが解消されることもありうるのである。


まー、僕が今時分抱えている問題というのは、なにか方法ひとつ見つけるだけでスッキリ解決というような単純な問題でもないよ。問題解決にはさまざまなアプローチがあり、僕が理解しているのでは情動焦点型コーピングと問題焦点型コーピングという風に解決法を捉えている。


こちらの情動焦点型コーピングと問題焦点型コーピングという区別については、アメリカの心理学者リチャード・S・ラザルス(Richard S. Lazarus)とスーザン・フォルクマン(Susan Folkman)によって提唱された考え方だ。



「情動焦点型コーピング」は、ストレッサーそのものに働きかけるのではなく、それに対する考え方や感じ方に焦点を当て、対処することでストレスに対応する方法である。「問題焦点型コーピング」は、直面している問題・課題(=ストレッサー)そのものに働きかけて、それ自体を変化させて解決を図ろうとする方法だ。


人間がストレスを感じてる時に、どのようにそのストレスの問題を解決していくためにアプローチしていくのかというのを論じていて、もし発生している問題が解決可能なのであればその問題解決を行うことで問題は何もなくなる。しかし、その問題が解決不能であるとか、状況が変わらないと解決策が見出せないようなケースの場合は「情動焦点型コーピング」の方で、瞑想や運動、創造的活動のようなリラクゼーション法を使うことで問題が気にならなくなり解決してしまう。


今、僕が抱えてるような障がい者雇用の転職活動が難しいという風な悩みについては、すぐさま答えが出せるようなものでもないと思うんよ。そもそもストレス源である会社を辞めてしまえばすべて問題解決か? と問われると、自分の生きがいは仕事をすることとも繋がってるので何もせずにのんべんだらりと暮らすと死にたくなってくる。


現状の問題というのは、うまくコーピングやリラクゼーション法を試しながらストレス解消を行い、そしてできた精神的余裕がある時に転職のやり方を図書館で調べたりとか、いろんなアプローチを調べて考えたりしながら問題解決を目指すものだと思うんだよね。僕はブログで悩みを書いて考えることでそのような暫定的な結論に至ったけどね。

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