超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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統合失調症と差別について僕が考えること。

統合失調症と差別について僕が考えること。


今日は病院受診の日で会社は有給で休んだ。病院が終わった後はサウナに行ってきて整えてきた。


どうも、最近、自分の病気のこととか障がいのこととか考えることが多い。調子を崩してるであるでもあるけど、なんか障がいを患った当事者の社会での扱いの悪さというのをつくづく実感したからというのが理由でもある。


なんとなく、色々と今の会社から転職をするための社会的リソースを探して主治医の先生だとか、カウンセラー、ジョブコーチなどに相談を持ちかけて色々とやってみたのだけど、そもそも障がい者雇用で一度就職した人の転職というのはあまり想定されていないことなんだろうなーとひしひしと感じる。


これは僕自身のことでもあるけども、社会全体で自分みたいにパワハラで苦しいけど仕事を転職もできずに合わない環境で苦しみ続けてる人というのがいるんだと思う。中途半端に回復してしまったグレーゾーンみたいな人たちというのは、福祉の側でも拾ってもらえないけど、自力で健常者のように何もかも器用にこなしていくこともできない。


どうもそういう状況を実感してみて、自分の方も当事者として何か社会に訴えかけることとかやる必要があるのかななどと感じた。僕自身は統合失調症を患ってはいるけど予後が随分と良いらしく、社会復帰して働くことができている。ネットで同じような当事者の人たちを色々と拝見させてもらうと、いろんな人が情報発信しているけど、僕と同じぐらいまで回復してる人というのもなかなかにいないものなのである。


症状が重いとか薬が合わないという風な同病の方というのは、本当に見ていても辛そうに見える。僕はたまたま最初の病院でロナセンを使ってみたらそれが体質とピッタリと合ったらしく、その後は副作用もなく再発せずに過ごしているのだけど、僕のようなタイプというのは本当にラッキーなのだと思う。この病気は精神病の中ではもっとも重い部類であり、自殺率なども半端じゃなく高い。平均寿命も短い。


それで、僕も一応、統合失調症の当事者として情報発信を行うようにしてるのだけど、自分が書くべきことというのは本当にこれでいいのか? という葛藤もなくはないのである。


僕も、陽性症状を発生していた時期というのはそれなりに状態が重たくて、自殺未遂をして保護室に担ぎ込まれるぐらいには暴れていたのよ。しかし、薬をしっかりと飲むように気をつけて、精神科デイケアや就労移行支援などの福祉施設できちんとリハビリをしながら地道にやっていたら社会復帰をすることができた。


そういう、自分自身の病気が重かった頃のことから、きちんと社会復帰をするまでの取り組みであるとか経験したことなどをしっかりと言語化してブログでも書いておけば、同じ統合失調症で苦しんでいる当事者のために役に立つかななどと考えるのだけど、いまいちこの自分のブログの超メモ帳はそんな場所でも無くなってしまってるよなという感じ。


このブログでは雑多なことを書きまくるから超メモ帳と名付けているけど、本当に自分が統合失調症で経験したことを書いてもいいのかなという恐れがある。僕はこのブログではそれなりに病気のこともオープンにして言及しているけど、リアルの方では自分がこの病気であるということは家族以外はほとんど知らない。


この病気というのは、リアルの方ではマジですごい偏見がある病気なのよ。そこんところの偏見で差別をされてしまったのならば、多分僕は何も言えずに泣き寝入りするのが目に見えている。カミングアウトして偏見に立ち向かうことができる当事者もいるけども、僕はそこまで心が強いタイプじゃない。


僕は実際に社会復帰をして働き始めて、世間様というのは社会的弱者というのは「敬して遠ざける」みたいな感じで面向かって差別はしたりしないけど、自分たちとは異質なものとして壁を作るということはよくあるのだと分かった。村八分まではいかないけど、障がい者は健常者の自分達とは違うものとしてグループには入れてもらえないというのは良くある。


そこんところのバリアを感じ取って、障がい者の方でも心を閉ざしてしまって組織の中で孤立していくということはあるんじゃないかと思う。これは僕がみた観測範囲だけでの話かもしれないけど、差別じゃないけど区別みたいな感じで、いろんな機会で仲間はずれにされることは多い。


僕自身の方でも病気に対する偏見というのがあり、それが割と強い方なのだろう。なので自分自身で世間様に対して壁を作ってしまい、自分のせいで孤立するということもやってそうだ。僕自身のこういう心の壁についてはどうやって取り払うかというのはこれからの課題であるかと思う。


そこんところで、病気と自分はどう共存したらいいのかというのを、いまだに僕は成立させられないでいる。そういうモデルケースになるような人というのも見つからないであるし、僕自身で考えながら生き方を見つけないといけないのかなと思う。なんというか、病気になると予後が良くても悪くても、健常者に比べると乗り越えるべき壁は多い。

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