超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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ブログを毎日更新で5年書いて思うこと。

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ブログを毎日更新で5年書いて思うこと。

内面の充実を目指したいですよね。


そういえば、今日は僕が2016年の8月15日から連続更新を始めて5周年のアニバーサリーデイでしたね。一応、記念イラストも描いてあるので貼り付けておきます。


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うちの子の夏の装いですね。玲の背中まるだしですけど、なんかそういうワンピースを付けてる設定です。首の後でリボン結ぶようなやつ。


さて、何を語るべきか。毎日更新5周年ということで、ブログの継続について語ろうかとも思ったけど、僕はそういう習慣の継続に対して金言のような言葉を持ってるわけでもない。普通に毎日ブログを書くことを5年続けたから5年続いたのである。


ブログの連続更新記録のスクショも貼り付けておくか。


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んー、1826日だね。確かに365日×5で間違ってはいないかな。


まぁ5周年は達成できたということで、次は10周年を目指してみるとしますか。その前に連続更新2000回がやってくるかな。連続更新も1000日を超えてくると、辞め時を見失ってるのと変わらない状態になる。僕もいずれどこかで更新の記録が途切れると思うけど、ブログを書くことは死ぬまで続けようかなと思う。


このブログも2016年の初期の頃の文章というのは、何かと刺々しくて、誰かをdisらずにはいられない僕の精神状態を表しているような文章だったらしい。統合失調症を患って、精神状態が荒んでいるころに書き始めた状態だったのでまぁ仕方ないだろう。


最近は随分と丸くなった方である。いちいち、なんの腹の足しにもならない揉め事に関わるリソースを節約するようになっている。強い言葉を使って書かれた文章というのは、人のアテンションを奪うことはできるけどその人の行動を変えることはできない。そういう所に気がついたってのもある。


僕が好む文章というのは、エモくて人を引きつけるような強い文章を好んで書いている時期もあったけど、どうもそういう強面の文章の無意味さに気が付かされた感じが最近する。SNSなどでバズったりする文章というのは、強い表現が含まれていて、それで人の注意を引きつけるけど、それらの言葉の持つ意味の強度というのは一過性だ。強い言葉の文章を読むと、何かに気が付かされたような雰囲気になるけど、そのじつ内面には何も吸収されておらず、理解が感情でブロックされて表面上の理解でしか無かったのだろう。


僕も強い言葉の文章を書けなくはない。たまに何かアテンションを集めたかったりとか、腹立たしいときに強い言葉を羅列した文章を書いたりするけど、そういう文章は後から読み返すのが恥ずかしかったり、読み返しても強い言葉の割には表現している内面の空虚さにうんざりする。


僕がネットで情報発信する上でリスペクトしているのは糸井重里さんの「今日のダーリン」なのだけど、糸井さんの文章というのはそこがすごいと思うのである。


糸井さんの今日のダーリンは極めてやさしい平素な文章で語られている。糸井さんの文体というのはかなり漢字を開いて使う印象であり、柔らかい雰囲気がする。だけど、語られている内容は凄まじく深い。社会での出来事から糸井さんが気がついた鋭い視点などが語られたりする。


今日のダーリンは「ほぼ日刊イトイ新聞」のトップページで読むことができる。


www.1101.com


アーカイブは1日分しか保存されてないけど、確か1998年から毎日更新で続けられている糸井さんの日記である。ほぼ日のメインコンテンツはこの「今日のダーリン」で、ほぼ日はまさしく糸井さんの文章だけで多くの人達をひきつけて、これだけ長い間経営してきたのである。


糸井さんの文章を読んでいて、僕もこんな文章を書いてみたいなと、徐々に思い始めてきたのだ。言葉としては平易な普段遣いの文章を使いながらも、じわじわと心の奥底に染み渡っていくような文章。そういう文章を書いてみたい。


僕のブログの趣旨としては、僕の人生をコンテンツとして世の中に情報発信してしまおうという考えの元で運営されている。書かれている文章はその時の僕の気持ちをそのまま引き写した文章だ。5年ほどそうして自分の感覚を積み重ねてみたけど、そこには確かに歴史がある。


僕はこれから先もこうやって自分の人生史をコンテンツとしてネットに公開し続けるつもりだけど、どうせならばそこに読んだ人の心を動かす滋養あふれる文章を書いてみたいなと思い始めたのである。滋養あふれる文章を書くためには、その文章を書く人に内容がなければならない。僕は自分の人生をコンテンツにするつもりだけど、その人生がつまらなければコンテンツもつまらないだろう。なるべくならば読んだ人を感心させるようなコンテンツを作ってみたい。そのためにはもっと人生の深い所にたどり着ける生き方をしてみないといけないということだろうけど。

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