超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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ネガティブな文章を書いてしまう前に気をつけよう。

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ネガティブな文章を書いてしまう前に気をつけよう。


意識的に休憩しようとしている日が続いています。先週は調子が悪かったので、週末は3連休にして寝る時間などを増やそうと企んでます。ブログ巡回などもおろそかになっているので、普段読者登録していて訪問されている方にはご迷惑をおかけしています。火曜日からは通常通りのブログ巡回のルーチンに戻そうかと思っています。


今日は何を書こうか? 普段、ブログを書いているときは意識のどこかでブログに何を書くのかネタ探しをしている部分があるのだけど、今週の休みに関しては完璧に思考を停止してしまってるので、ブログを書く段階においても何を書けば良いか分からない。最近、弛んでるなと思う。ブログを書くにしてももうちょっと面白い内容を書こうとか努力をしても良いだろう。いつも毎回フリーライティングで思いつきをなぐり書きばっかりしているとそのうち浅い内容の文章しか書けなくなるんじゃないかと恐れている。


なんか、今回はそれに関係するようなことでも書いてようかな。僕が長年ブログを書いてきて思ったことなんだけど、ブログで書いたことは現実化していくんじゃないかな?と思うんですよ。なんかさ、ナポレオン・ヒル的な思考は実現化する的な話ではなくて、ブログを書くことはその人の思考の方向性をしっかりと形つくる構成要素として働いて、何か目標などをブログで立てておくと実現しやすいはずだ。


こりゃま、僕のブログでも何度か書いてきたことでございまして、ブログを書くことは性格の改善に使えるんじゃないかと言う風な趣旨の事を書いたこともある。僕のブログの毎日更新初期の頃の文章と比べてみると、間違いなく今の方が人間的にも成長しているようだ。しっかりと前向きな方向性で文章を書こうと心がけ、しっかりとその方向へ思考を導いていれば人間ってのは成長するんじゃなかろうか。


恥ずかしげもなく自分の性格を自画自賛している辺りで、人間的成長とはなんじゃらほいみたいなツッコミも入るかもしれない。しかし、自分の主観的感覚においても、昔と比べると今のほうが生きやすい実感がある。これは加齢に伴って過剰過ぎる自意識が枯れてきたおかげで世間に対する摩擦が減ってきているのかもしれないけど、ブログを書き続けてきた影響も働いているんじゃないかな? ちゃんと毎日、目的を遂行しようという意思を持って文章を書き続ける習慣というのは、モチベーションを高めてくれる。


ブログで書く文章に関してはさ、何を書くかも重要だけど、何を書かないかも重要じゃないかと思うんだ。ブログを書いていく上での感覚として思うのだけど、文章というのは書き始めるまでは思考の中でまとまりのない煙の様にモヤモヤと漂っている。その煙の中から何か一言でも書き始めると、それをコアにしてどんどん実体化を始める。はじめに書かれた言葉から芋づる式にして次の言葉が生み出されていき、最後の結末を書き終えるまで何が現れてくるのか分からない。


これはフリーライティングのようなブログの書き方をしている僕だけの特徴なのかもしれない。よくあるwebライターの文章読本を読んでいると、最初の段階では書くべきことを箇条書きにでもして書き出しておいて、そこから文章に肉付けをしていくという風な話をよく聞く。僕の書き方はそんなやり方を全く無視しており、思いつくままにキーボードを走らせて文章を綴り続けているのである。文章を書き始めて何が現れてくるかは書きながらじゃないと分からない。そういう何が出てくるか分からない感覚を楽しんでいるのはあるかもしれない。


最近、ネガティブなときはダラダラと文章を書くことをやめて短縮版で終えてしまうけども、これは内心を文章として具現化することで現れてしまう『化け物』を完成させないためである。ネガティブな感情の赴くままに文章を綴るようなことをやると、カルマが巡りまくり自尊心を傷つけるような文章が完成してしまうのである。これは書いている最中も辛いし、後から自分で書いた文章を読み返してみても自分で書いた文章で傷ついてしまうのである。


自分の思考のモヤモヤを形にするために文章を綴ってみるというのは悪くない経験である。実際、僕が思い悩んでいる時も、悩みを紙に書き出してみることで解決策が思いつくという事もある。しかし、調子が悪いときに調子が悪いことを言語化しようとすると、その事によって自分が傷つけられるという経験も分かるのだ。


僕が臆病なだけかもしれないけど、言語化をしようとする前にその感情から紡ぎ出される言葉というのはよく考えておいた方が良い。紡がれた言葉が他人だけじゃなく自分の心を傷つけることがある。特に、それがネット空間のような不特定多数が読むような場所に書き出すということは大きなリスクもはらむんだ。それはよく考えた方がいい。

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