超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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僕が創作をする理由について言語化してみた。

僕が創作をする理由について言語化してみた。


うちの飼い猫・大五郎さんが膝の上を占拠しているためブログを書くことができない。なんか最近、僕がパソコンデスクの前に座ってる時は膝に乗れるということを覚えたようであり、ブログを書こうとすると膝の上に乗っかってくるのである。どうにもこうにも可愛いやつだとは思うのだが、これでは作業をすることができない。ひとまず大五郎さんをどけてブログを書くとする。


さて、今日は休日であるな。僕は来週は月曜日も病院受診であるために休みを取っている。久々の三連休であるが、ひたすらカフェに行ったりなどして小説を執筆することに全力を尽くそうと思う。小説を書くことは今は脳内に作品のイメージが溢れまくってるから楽しいではあるけど、これが勢いがある時に仕上げておかないと筆が止まってしまうと作品を完成させることができなくなってしまう。


今現在書いてるシーンというのは、二人が岡山駅からマリンライナーに乗って香川の高松に向かうところであるけど、本当にただただ玲と真輝がだべってるシーンを書いてるだけであり、これで良いのかな?みたいな疑問は湧いてくる。


確か、twitterかTogetterのどこかでプロの作家が言ってたことであったと思うけど、うまい小説を書こうと思うのならば全てのシーンで登場人物に何かの欲求を持たせることが肝心であるという風なことを書いてたと思う。


togetter.com


あったあった、これだこれだ。こういうツイート。



このツイートを読んでると、自分の書いてるシーンの退屈さが身につまされる。手なりでなんの目的もなく文章を綴ることだけが目的になるとこういうシーンを書きがちになってしまい、こういうシーンは読者が離脱する原因となりがちである。今書いてるシーンも何かしら玲と真輝に目的を持たせないとならんな。気をつけないと。


なんとなくさ、このツイートが本当にそうだなーと思う理由というのは、僕は創作の勉強のためにpixivやカクヨムで他の作者の作品を読んでみて分かるのよ。いろんな作家の作品を読んだ上で、自分なりにその作品に対して正当な評価を下してみる練習をしている。読んでみて良い作品だなーと思った場合は、その良かった点などをコメントとしてそのページに残すようにしている。


まぁ、他の人の作品を読む時も漫然と流し読みをしていると単なる暇つぶしにしかならないので、作品を読む傍らでScrapboxに構成や面白いシーンを分析してメモなどに残している。なので、なんの存在意義もないシーンというのがエンタメ作品では全くの無駄でしかないことが分かるのよ。私小説や純文学的な作品であれば、何気ない出来事が起きた時の心情をおもっきり詳細に書き記すことが芸術性につながったりとかするけど、エンタメ作品であるならば作中にある全てのシーンに意味を込めておかないとならない。一見無意味に見えるシーンであれど、後からそのシーンから振り返った時にあれは伏線だったのだなーと繋がるようにせんとならんのである。


他の人の作品を読んでいても、退屈で冗漫だなーと思う作品というのは、作者の伝えたいメッセージがなかったりとかうまく伝えることに失敗している作品である。こりゃまぁ、文章というのがコミュニケーションツールであるということを理解してない作者に多いのであるが、何かしらの出来事が作中で起こって解決するのだけど、そのストーリー進行の中で何もメッセージがないのである。やたら難解で哲学的で難しくしているけど伝えたいメッセージが存在しないというケースもあるし、ただキャラクターがイチャイチャしてるだけでやおいで終わってしまうというケースもある。


創作した作品は受け手に対して必ずメッセージを込めるべきか?という問いは、突き詰めて考えちゃうとポストモダンにおける脱構築とかその辺りの難解な話にまで突っ込んでしまうので、好きな人は現代芸術の本なんぞを読んでみてください。短い文章では説明が難しいですから。僕はあくまでもプラグマティズムに物事は考えるようにしているし、創作で作品を作るのであれば読んだ人に何かしらの変化を与える作品を作るべきだと思ってます。


ただ、作品を実際に作る際には製作前で伝えたいテーマを前もって考えるべきか?というのは疑問だよね。結構さ、僕が小説とかを書いてみたときに、書き終わった時に作者自身が「なるほどこういうテーマだったのか!」と気がつくことって多いのよ。それが作品を書く前に考えていたのとは違うテーマに変わっていることは良くあるし、その気づきが創作をやるための理由だったりします。


小説を書く体験というのも旅に近いところがあるよね。はじめにどんなことがあるのかとドキドキしながら書き始めるのだけど、執筆という体験を通じて終わった後というのは、作者自身も思わぬ経験をして変化してしまってるのよね。少なくとも、僕が小説執筆をしたりする理由というのはそういう所にあります。今回の玲と真輝の作品でもどんな経験をするのか楽しみだ。

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